健康診断の結果というのは、何やら通信簿と似ているような気がしますね。

「A」という評価がいちばん良いとして、B、C、D・・・と下がるに従って、

「こいつ頭、悪いんじゃないの」と言われる代わりに、「からだ、悪いんですね」となるわけです。


そして、学問に対する努力ではありませんが、健康に対する努力によってはBがAにもなる一方で、

何ら省みることをしないとAがDになったり…。

そういう点では自覚的に健康に気をつけているかどうかは

本人がいちばん良く分かるということにもなるのでしょうけれど、

どうやらそればかりではありませんね。


生活習慣病みたいなのは、「ちっとも運動してないしな」「たばこは吸うし、酒を飲んで大食いするし」みたいな

部分に左右されるから「生活習慣」病ということなわけですけれど、

病というのは、どんな運動選手にだってやって来てしまう場合もあるわけですから、

「自分の体のことを一番よく分かっているのは、自分だ!」みたいなのは、多分に精神論めくところでもあります。


なんだってこんな話かと言いますと、まあ歳のせいでしょうかね、

健康診断の結果というのが、徐々に徐々にあまりありがたくない評価へと移行していくわけです。

その中には、「要再検査」とか「要精密検査」、果ては「要診断」なんつうものまで。

だもんで、一応検査に行っておこうかなと思いまして、

Tスキャンというドーナツ状の機械の輪をくぐったりしたのですね。


で、結果はと申しますと、

「肺の、ここらへんに影がありますね」

「は?」

「でも、これはですね、昔の痕ですね」

「昔の?あと?肺の病気、したことないんですけど」

「ああ、そういうの、よくあるんです。本人も知らないうちに、肺炎とか胸膜炎とか罹って、治っちゃった」

「は?」

「まあ、心配ありませんから」


ちなみにWikipediaを見ると、

肺炎や胸膜炎の症状は「発熱、咳、痰、呼吸困難、全身倦怠感、胸痛など」だそうで、

それらに罹ったという自覚はないものの、

昨年秋から年末の(実際には年始まで細々続いた)大風邪のときに、

「実は肺炎だったのかしらん?」と思うわけなのですね。

でも、熱は出なかったし、ついこないだのが「昔の痕」って言われるくらいになっちゃうのかなと。


まあ、話は長くなりましたけれど、とにかく何だかが治っていて、問題はないらしい。

それが、本人も知らない間に罹って、知らない間に治ったものかもしれない。

人間の体というのは、大したものだなと。


何でも無いから言える「ノー天気」な話なのかもしれないですけれど、

いろいろな病気などで体に不調があったり、それ故に気分的にも優れなかったりという方々も

きっと自分の体を信じておられることと思うわけでして、

そういうことを考えてみる契機にはなったなと思うのでありました。