亀山先生のカラマーゾフ講義 (といっても、NHKラジオですが)を聴いていたのですけれど、この冬は、歴史を学んでいるつもりになっているのですね。
やっぱり、NHKラジオ第2放送の「カルチャー・アワー」で放送中の「歴史再発見」のシリーズ、「日常の近世フランス史」というものです。
もとより中学、高校でも歴史の勉強(特に世界史ですが)は好きだったし、
得意だったし…ではありますけれど、
常に長い歴史の上っ面をなでるくらいしか授業ではできないわけでして、
今回の講座で取り上げられている「日常」などというものは、ちいとも触れないですよね。
歴史の中で「日常生活がどうだったのか」というのは、考えてみればひどく地味な気もしますし、
戦争やら革命やらということに比べれば、見事にダイナミックさに欠けているわけです。
ま、そんなふうに若い頃だったら思ったでしょうけれど、(暗に若くないと白状…か?)
フェルメール の風俗画などもじっくり見るような年代(?)ですので、
歴史の中の庶民生活などというものも、知っておくにしくはないと思ったりするのですね。
ということで、この「日常の近世フランス史」ですけれど、
第4回目の昨日のテーマは「結婚する」というもの。
つまり、近世フランスにおける庶民の結婚はどういうものだったか?ということが取り上げられていました。
今でも欧米では、教会婚(よく映画などでも目にする教会での結婚式の風景ですね)と
民事婚(役所に出向いて、立会人のもとに法的に結婚の手続きをとること)が並立しているようですよね。
もっとも、教会での儀式は省略できても、役所の手続きを省略すると
「内縁関係」のようなことになってしまうのでしょうけれど。
ともあれ、こうした結婚の二形態が、教会と王権のせめぎ合いの中で確立していった…
というようなことは、とても中高の歴史の授業で触れるはずもないことです。
教会としては、「秘蹟を与える」つまり「前途の厄ばらいをしますよ」ということで、
「教会で結婚する」ことを推奨していくと、面白くないのが王権というわけで、
「教会で勝手に結婚してしまうなんていうのは、不届き千万!」とばかり、
結婚には親の同意が必要と制限をかけにかかるわけです。
親の側にしてみれば、子供が勝手に結婚してどうなるものやらわからんというよりは
親の同意を求めた王権側に与するところであったことでしょう。
こうした制限というのが、ひところは「男は30歳、女は25歳までは、親の同意がいるんだけんね」
という制度だったといういいますから、いやはやです。
ただ、教会としては「名を捨てて、実を取る」作戦に出たのか、
王権の言うことは分かったから、それでいいとして、教会で式を挙げ、かつ戸籍の管理も教会にやらせろよ!
と言いだし、そういう協定(?)が相調ったとか。
これによって得られた教会の「実」は大きいものだったようです。
何しろ、結婚式を一気に任されながらも、フランスですからカトリック教会でありまして、
異教徒はおろかプロテスタントでも、そこでの結婚式には抵抗があるわけですね。
カトリック教会としては、「これを気にカトリックに改宗しちゃえば~!気持ち良く式が挙げられるよ」
と口説ける口実ができるのですよ。
こう言ってはなんですが、「聖」と「俗」という言い方があるものの、
当時の教会というのは、何とも「俗」なことをやってなあ…と思うのでありました。
というようなことを取り扱う、この講座。
次回以降、「働く」「住む」「食べる」「着る」…と続いていきます。
