この間、村内美術館
でバルビゾン派を中心としたコレクションを見てきましたので、ようやく「コロー 名がに隠れた謎を解く!」を読むことにしました。
ようやくと言いますのも、昨年開催されていたコローの大回顧展 を神戸で見たときは、すぐに探究を深めておこうと思っていたからなのですね。
会場の神戸市立博物館でも売っていた本なのけれど、
美術館めぐりの旅の挙句、数々の図録を購入してきたことで荷物が重く、
普通の書店でも買えるはずだからと、見送ったらそのままになってしまったというわけです。
てな経緯はともかくとして、カミーユ・コロー探究です。
印象派やキュビスムの画家たちに影響を与えたと言われるコローですが、
そのコローにはこんなエピソードがあるのだそうです。
セザンヌの友人で追従者でもあったアントワーヌ・ギュメがサロンの展示を選び、印象派展への出品を止めたとき、コローは、「親愛なるアントワーヌ、よくぞあのごろつきたちから逃げおおせた」と書き送っているのである。
この言葉は、印象派の画家たちにとってはコローに姿勢を示すものとして衝撃的だったに違いありません。
ただ考えるに、自らも風景画の改革者であったコローといえども、
さらにその先を行くグループの作風が理解できなかったというところではないでしょうか。
自分たちが敬意を抱いているのに受け入れようとしないコローに対して、
モネなどは「あの畜生め!」と言いながら、愛憎半ばする微妙な発言をしていますが、
基本的に風景画家としての対抗心に薄いルノワールは
「これまでで最も偉大な風景画家」と誉めたたえ、コロー自身の理解のいかんにかかわらず、
印象派の画家たちはコローに拓いた道の先にいたのでしょう。
晩年のコローがたどり着いた銀灰色の霧にかすんだような木々の姿は、
タイトルや登場人物から想像される物語性を別とすれば、
モネの晩年のかすみ具合を連想させもしますから。
ところで、先の大回顧展では、コローの風景画家とは違った一面を見ることもできました。
「真珠の女」(1858~1868年)に代表される人物を中心に据えた絵画です。
左が「身づくろいをする若い娘」、
右が「マンドリンを手に夢想する女」です。
いずれも、1860~1865年にかけて制作された作品ですけれど、
この時期の人物画には見るべきものがありますが、
これもコローなのだよなぁと改めて思うわけです。
身づくろいを垣間見られた少女のはじらい、
そして夢想というより「もの思い」にふける女の表情。
いずれも物語を紡ぐには充分な含みが投げかけられているようです。
このような絵を描きはしても、コロー自身は風景画家としての自負があったようで、
この手の絵はあまり外に出さなかったのだそうですよ。
ということで、今回手にした本というのは、コローの回顧展のために出されたものですから、
本来は先に見てから、本物の絵を見るというのが手順だったのでしょうねえ。
なんだか「コロー 光と追憶の変奏曲」展ふたたびといった記事になってしまいました・・・


