あのジブリ美術館ライブラリーの提供によって日本で初公開された映画「動物農場」を見てきました。
1954年にイギリスで制作されたアニメーション映画の古典ですから、
ジブリが関わるのももっともではありますけれど、
多分に時代が時代だっただけに、政治的な思惑が絡んでいる分、ジブリっぽくはないかもしれません。
とはいえ、ジブリの総帥である宮崎駿さんは、こんなことを言っています。
この映画を観たあとには、社会主義的な意識に目覚めます。いまこそ民主的な社会主義が見直されるべきではないか、と。
ここまでズバッと切り込まれては、ジブリがプロデュースするのも、故なしとはいえないわけですね。
ご存じとは思いますけれど、物語としては…
乱暴な農場主に対して、「これ以上我慢していて、我々はどうなる!」と長老ブタ(レーニンらしい)に
けしかけられた動物たちが叛乱を起こして、農場を乗っ取るわけです。
「これからは、我々自身が農場のあるじだ!」と宣言して、動物たちの共同体による農場運営が始まります。
しかしながら、動物たちは「互いに平等」と言いながらも、
指導する側と指導される側にだんだんと分かれていくのですね。
指導者側に回ったのが、ブタの一族です。
穏健ながらも、次々と施策を講じて皆を引っぱろうとするスノーボール(トロツキーらしい)に
横やりを入れて追放し、自らと取り巻きに権力を集中させるナポレオン(スターリンらしい)。
気がついてみれば、ブタが他の動物たちに対して農場主として君臨しているという・・・
もともと動物たちが思い描いた理想郷とは打って変わって、
結局人間があるじでいた時と同じ世界が現出しているのですね。
ここまでの展開では、「なんだよ、社会主義は」ということになって、
宮崎駿さんが言っていることと噛み合わなそうですけれど、
要するに、この映画のブタのようにならないようにさえしていければ、
「社会主義は見直されてよいのではないか」ということが言いたいのだと思いますね。
確かにこの話の中で、ブタが暗躍する以前は「仲良くみんなで」という意識のもとに
何事も展開していたような。
あたかも原始キリスト教的な共産主義のような世界でしょうか。
ただ、小規模であり、何らか宗教のような結びつきがあればまだしも、(場合によってはあってさえもですが)
それが無いところでは、必ずブタのような存在が現れてしまうのかもしれないですね。
まるで、100匹のミツバチの中にはどうしても働かない20匹がおり、
その働かない連中をより分けた80匹の集団でも、
やっぱり16匹は働かなくなってしまうというのと同じように、
まことに残念ながら人が集まるところ権力志向の人間が必ず出てしまうのでしょうかね。
とまあ、そんなようすを動物の姿に託して教えてくれるということですから、
これはいわゆるイソップ寓話!ですよね~!!
ジョージ・オーウェルが「動物農場」を著したのは1945年ですから、
(ご本人が「モデルは誰か」を直接的に発言しているのかは分からないのですが)
粗筋で書いたような類推は、誰にも浮かびやすいものだったのでしょう。
それでも、たとえば現今の格差社会問題を類推させる(この辺も公式HPで宮崎駿さんが言ってますが)
点からいっても、もっともっと普遍的な内容を持っているわけなのですよね。
そうした意味で、古びない何かがあるのは、まさにイソップ、かなと。
最後にまたちょっとだけ、話を戻してしまいますけれど、
とどのつまりが、社会主義は思想として理想的なものを持ちながらも、
それを行うのが人間だった、つまりは人間つうものの理想的なばかりではない面を考慮していなかった
ということが失敗の最大原因ではないかと思うわけなのでありました。
