例えば武道館や東京ドームといった大きな会場で、人気の高いアーティストのコンサートがあったりした場合、
会場へ向かう道々で必ず見かけるのが「ダフ屋」ですね。
偏見かもしれませんけれど、どうもその手のご商売の方々は胡散臭さをまとっていたりするような。
そうしたコンサートの日常的な風景?に比して、2006年のマドンナ来日公演は画期的なものだったと言います。
なぜか?・・・ダフ屋不在の公演だったのだそうです。
ダフ屋の存在で一事が万事ではないとはしても、
舞台興業の世界にはどうも「裏事情あり」みたいな感覚が伴うというか、イメージされるというか。
アメリカでも、ラス・ヴェガスのショーがらみでフランク・シナトラなどがマフィアとの関係を取り沙汰されたり…。
ところが、そういうことももはや「今は昔」となりつつあることが
「ライブ・エンタテインメント新世紀」を読むと分かってくるのですね。
ラス・ヴェガスは今も昔もカジノの街ですし、
フランク・シナトラばかりでなく、ショーも昔からやっていたはずですが、
「街おこし」的に言えば、
「このままばくちだけに頼っていては、ラス・ヴェガスに未来はないけんね」
と考えた人たちがいたんでしょう。
ただし、「街おこし」というのは感覚的なものであって、
仕組んだ人たちにとっては、もっぱらビジネスであり、投資であり…
ということでしたでしょうけれど。
でもって、ビジネスとしてきちんと成り立たせるためには、不透明なところがあってはいけませんから、
マフィアですとか、ばくちの醸すアウトサイダー的な雰囲気を一掃して出来上がったのが、
今現在のファミリー向けエンタテインメントの街ラス・ヴェガスなのだと言います。
確かに、巨大なホテルが林立し、それぞれが趣向を凝らしたイベント、
それも子供も喜びそうな、噴水のショーとか海賊ショー、マジック・ショーなんかをやっているわけです。
こうした浄化作戦が功を奏して、ライブ・エンタテインメント業界全体が活性化し、
先のマドンナ来日公演でのダフ屋不在も、ビジネスに徹した日米双方の対応があればこそという具合。
一方、業界がこのような透明性を保持したビジネスなのだということになると、
「やばいことなしに、ビジネス・センスで辣腕をふるえるのならば」と
腕に覚えのある(経営感覚に長けたという意味ですが)企業家たちの新規参入が起こっているということで、
それも一国内にとどまらないマーケットを対象にしたビジネス・チャンスと捉えられているのですね。
そういうご時勢にあって、日本ではこうした国際感覚にあふれたビジネス・パーソンの育成が
まるでできていないとも、本書では指摘をしていました。
「んなこと言っても、商社の人なんかは世界をまたにかけた商売しているんでないの?」
とは思いますが、本書を読むと「なるほど、日本人っぽい」ということに納得してしまうという…。
とまあ、あれこれ書きましたけれど、個人的には素敵な演目が適正価格(今より少々下がるとうれしい)で
見られさえすれば、それで充分ありがたいことではあります。