ラウル・デュフィと交友があったという、指揮者のシャルル・ミュンシュ

そこで、一時期ミュンシュに入れ込んだ時期があったなあと思いだすのでありました。


シャルルというくらいですから、フランスの指揮者ということになりますけれど、

元々ドイツとフランスを行ったり来たりさせられてしまっているアルザス地方はストラスブールの生まれ。

(ドーデの「最後の授業」なんかで有名ですね)

家系的にはドイツ系ということで、フランスに帰化する以前はカール・ミュンヒといったそうな。

(ミュンヒというスペルは途中までミュンヘンという地名と一緒。そう言えば、こんな記事 を書いたことも)

入れ込んだ時期があるといったわりには何ですが、これを知ったのは実はたった今なのでありました。


どうしても、ミュンシュの本領発揮はベルリオーズとかだよなと思ったりもするのですが、

ドイツ音楽にも「これでもか」の威力を発揮する所以がようやく分かった気がするのでした。

そして、そのドイツ音楽に威力を発揮した、最大の遺産とも思しきものが

パリ管弦楽団を振った、ブラームスの交響曲第1番なのですね。


ブラームス:交響曲第1番/ミュンシュ(シャルル) ブラームスの1番というのもかなり入れ込んだ時期がありまして、

あれこれ聴きましたけれど、

このミュンシュ/パリ管の演奏は「熱い!」ですよぉ!


まず、いつも聴いてらっしゃるオーディオ装置のボリュームを少々下げておきましょう。

でないと、心臓の弱い人は命が危うくなるような音量で序奏から迫られてしまいます。

では、収録されている音の大きさのせいかと言えば、さにあらず。

たっぷりとしているけれど、重いわけじゃない。

これはやはり気魄なのでしょうね。入魂の演奏なわけです。


とかく、フランスのオケは音が軽いなどと言われることがありますけれど、どうしてどうして。

このたっぷり感は「おお、ドイツ!おお、ブラームス!!」です。

少々端折りますが、最終楽章の燃焼度もまた「熱さ全開」なのですね。


ちょっと待て。ことほどかほどに熱いのが「ドイツ!」なのかと。

むしろ理詰めで作るソナタ形式を極限まで高めたのがドイツ音楽なのではないかと。

「熱さ」で勝負するのは、むしろラテンの血ではないかと。


そうしたところは確かにあるにしても、元々がドイツ系であって、

しかもライプツィヒ・ゲヴァントハウス管のコンサート・マスターとして

フルトヴェングラーやワルターの下で弾いていたミュンシュは

いかに率いたオケがパリ管であろうと、ドイツ音楽の権化と化して振っていたのではないでしょうか。


先に触れたようなこともあって、「これはドイツの音楽じゃない」という方もおいでのようですし、

最終的には好みの問題ということにもなりましょうけれど、

これはこれで一つの極地。


さて、このようなお熱いブラームスはお好き?