坐っておられなかったくらいに興奮した。……私は埋もれたる無名不遇の天才を発見したと思って興奮した。
これは、まだ青森中学一年だった津島修治が、井伏鱒二の「山椒魚」を読んだ感想だそうなのですね。
やがて、津島修治(言うまでもなく太宰治 ですけれど)は井伏に弟子入りするということですけれど、
文学の独自性はそれぞれですよね。
でもまあ、そんなつながりから、これまで一度も読んだことがなかったので、
井伏鱒二の「黒い雨」を読んでみたようなわけです。
この「黒い雨」を手に取らなかったのは、
原爆を題材にしていることがわかっていたこともあるわけでして、
あまりに厳しい描写があるとすれば、
それに直面する勇気がなかったということもありましょう。
例えば、このような描写ばかりが続くように思いこんでいたのですね。
・・・血を流していなかったものは一人もいない。頭から、顔から、手から、裸体のものは胸から、背中から、腿から、どこからか血を流していた。頬が大きく膨れすぎて巾着のようにだらんと垂らし、両手を幽霊のように前に出して歩いている女もいた。…赤ん坊を抱いて「水をくれ、水をくれ」と叫びながら、その声の合間に、赤ん坊の目に息を吹きかけている女もいた。赤ん坊の目には、灰か何か一ぱいたまっていた。
むかしむかし、「週刊少年ジャンプ」で見た「はだしのゲン」の世界ではありませんか。
なんだって、少年向けマンガ週刊誌に、
それも発行部数の一位、二位を争っているようなときに連載されていたのかと不思議に思える
「はだしのゲン」ですけれど、インパクトは相当にあったように思われます。
というようなことばかり書いていると、
「黒い雨」という作品の印象を決めつけてしまうようになってしまいますので、
ちょっと文庫版の解説から違った印象につながる一節を引用してみましょう。
…読者の義憤は被災者の憤りや訴えによって惹き起こされるのではない。彼等の受動的な忍苦が、この感情を唆るのである。ここにこの原爆小説の成功の所以がある。
それは井伏の数十年の小説修業の中で、空とぼけたように人情の生の奔出を抑え、挙句の果てにその人物の本音を吐かせる手法が、ここで手を換えてものをいっているものである。
本書の主要な登場人物の一人、閑間重松(しずましげまつ)が
被災後の広島市内を歩きまわって見た光景の描写を、先に引用しましたけれど、
本書が直截的に「どうですか、なんて酷い惨状でしょうか」と訴えかけてくる小説ではないことが
想像できるのではないでしょうか。
実際、重松はじめ登場人物たちには、戦争末期の状況にあって空襲などは日常的なものであって、
たしかに8月6日に投下された爆弾の被害はこれまで以上のものではあっても、
「新型爆弾らしい」とかいうことしか分からないままに、
被災後をいつものように?立ち直って生活していくことに向かって行動していくわけです。
ユーモラスと言ってしまうと語弊もありましょうが、その淡々とした雰囲気が、
それが原爆というもので、その後いつまで続くのかと思われる原爆症を背負わせるものであったことを知っている(自分も含めた)後の人たちにとっては、実はいちばん怖ろしさを感じさせるものでもあります。
重松もその家族も、また被害者の救済に当たる人たちも、
後世からみれば「なんとも不用意に」被爆直後の広島市内を歩き回っています。
ですから、二次感染的に被害がどんどん広がってしまうわけなのですね。
そのような状況にあって、重松のいちばんの関心事は、
直接被爆したわけではない姪で養女の矢須子に原爆症の噂が立って縁談が壊れては一大事!
ということなのですから、「知らない」ことの怖さを感じずにはおられないところです。
「からだがだるいから、休み休み」などと言いつつ、原爆症の兆候が出てきていながらも、
食糧難だからと村人たちと鯉の養殖に精を出す重松の姿は、
いささかも言葉にすることなく、
強烈な反戦の訴えがにじみ出してくるものと言えるのではないかと思ったようなわけなのですね。
予想した以上に、格段に読み甲斐のある小説ではなかったと思ったのでありました。