旅の二日目(9月14日)は、これから京都ひとめぐりとなるはずでした。
アサヒビール大山崎山荘美術館を後にして、
JR山崎駅から京都駅へ普通電車で入るというアプローチの仕方が、高揚感を掻き立てます。
ヨーロッパの街々を鉄道で旅しているかのよう…というと大げさですけれど。
なんせ京都を訪れるのは中学の修学旅行以来ですから、
何よりもまず京都駅の様変わりにまずもってびっくり。
そして、人ごみをかき分けて駅を抜けると、目の前にどーんと京都タワーが。
いやはや、パリで初めて凱旋門を見たときに「いやあ、ヨーロッパ来ちゃったよぉ!」
と思ったくらい?に、気分は盛り上がってしまったのですね。
で、京都は貸自転車で回ろう!と決めておりましたので、
検索してあたりをつけておいたお店に、とにもかくにも向かったわけです。
駅の美術館で「ピサロ」展を見ることも目的ですけれど、
幸いデパートの中にあるだけに夜8時まで開館していますから、
あちらこちらを走ってまわっても十分間に合うという算段です。
しかし、ここで計画性のない旅ならではの誤算が!
レンタサイクル「本日完売」という、情け容赦のない掲示がお店の前に…。
どうやら、予約でいっぱいだったようなのですね。
このときのガッカリ度合ときたら、筆舌に尽くしがたいものがありました。
とぼとぼと京都駅まで引き返す道すがらの徒労感と同時に、
そして、次々に改札口から吐き出される観光客に溢れた駅前の様子を見るをつけ、
これはどこへ行っても混んでるだろうなという予感で、
先の高揚感はいい気にしぼんでしまったわけです。
そうは言っても、ここで気持ちを切り替えて「ピサロ」展を堪能し、
大阪に戻ることにしようと割り切ったのですね。
ということで、訪れたのは京都駅にピタリと張り付いた伊勢丹の7階。
エレベータが折り返しに上っていくのではなく、
ひたすら前へ前へと、そのまま天に昇るかのように、乗り継いでいきます。
そして、たどりつく美術館「えき」KYOTOです。
カミーユ・ピサロの長男リュシアンもイギリスに渡って画業に励みましたけれど、
そのイギリスでの関わりの中から、
ピサロ一族の絵画がオックスフォード大学アシュモリアン美術館の所蔵するところとなったのでしょう。
本展の展示作品は、このイギリス最古(1683年設立)と言われるアシュモリアン美術館のものです。
ピサロ一族と言いましたけれど、
ピサロもルノワールのように家族をモデルに絵を描いていて、
そういう父親の姿の影響でしょうか、長男リュシアンばかりでなく、
8人の子供のうち5人までが画才を発揮したようで、さらには孫娘も画家になったといいます。
本展では、これら一族の絵画が見られるというわけです。
ただ、ピサロの場合、時折「これは!」という絵に当たることもありますけれど、
シスレーに言えますが、概してピンと来ないことがあるのですね。
(ピサロ・ファンの方、シスレー・ファンの方、ごめんなさい)
どうも、ピサロは器用貧乏みたいなところがあるように思えてしまいます。
これは、パパ・ピサロの「窓からの眺め、エラニー=シュル=エプト」(1888年)で、
上のチラシにもあるように、本展の目玉のひとつなわけですが、
「うまいし、いい絵ではあるけど・・・なぁ・・・」
そして、これが長男リュシアンにも器用なところが伝わる以上に、
器用貧乏が伝わってしまったのかもしれません。こんな具合です。
どうでしょうか。リュシアン・ピサロの「エラニー教会」(1886年)という作品。
点描、がんばってます!いい絵です。でも…。
ただし、この絵の右手から前方を横切る木立の陰、これは良いですよぉ!
というわけで、褒めに来たのか、腐しに来たのか…みたいになっちゃってますが、
ピサロ一族だけでなく、関係のあった画家たちの作品、特に風景画を見ながら、
「雲の見比べは楽しいなあ」と、改めて気付かされました。
印象派以前の画家たちを集めた「先駆者たち」のコーナーの一枚で、
ジョルジュ・ミシェルの「漁師たちのいる河口の風景」(1827-1830年頃)という作品。
どうです、この雲!
そしてこれは、モネの師匠ウジェーヌ・ブーダンの「ベルク、曇り空の風景」(1882年)。
真っ向から勝負している「雲」ではありませんか。
とまあ、このように展覧会の本来の趣旨とはずれたところで、楽しませてもらったのでした。
そういえば、京都に到着して京都タワーを見上げたときにも、
ずいぶんと立派な雲がありました。
どうやら、そういう思し召しかということで納得させられてしまう、
「煙に巻かれる」ならぬ「雲に巻かれる」話ということで・・・。





