愉悦の蒐集ヴンダーカンマーの謎 (集英社新書 ビジュアル版 5V)/小宮 正安
「ヴンダーカンマー」は、ドイツ語の“Wunderkammer”のこと。

直訳すれば、「不思議の部屋」ということですけれど、

実際の中味としては、不思議というより怪しい代物が集められた部屋でしょうね。


ヴンダーカンマーのルーツは、

イタリアの「ストゥディオーロ(Studiolo)」だということなのですが、

これはルネサンス初期の文人、フランチェスコ・ペトラルカ(1304-1374)の

書斎にストゥディオーロの原型を見て取ることができるのだといいます。


要するに博学な人というのは、何でも知りたい一心からいろんなモノを集めてしまう。

ペトラルカも、有象無象を集めては書斎に置いておいたのでしょうね。


これがドイツ方面に伝播して、「ヴンダーカンマー」となるに及んで、

相当に胡散臭いものに変わっていきました。何故か?


学者の知識欲から生ずるあたりは、まだかわいいものだったのでしょうけれど、

世俗君主の所有欲、つまりは「こんな珍しいもの、俺しか持ってないもんね」と言いたいがための

コレクションとなっていきますと、古今東西の事物を集めつくしてやろうと野望につながるわけです。


折しも、大航海時代を迎えると、ヨーロッパの隅々はおろか、アジア、アフリカ、そして新大陸に産する

あれやこれやを何でもかんでもコレクションしてしまうという、貪欲さの権化になっていきます。


ところが、実態はそんな取り止めのないコレクションでありながら、

意味付けだけは後から大層ななされようなわけでして、

「ヴンダーカンマー」なる空間を、世界(ないしは地球)に見立てて、

世界(地球)に見いだされるものはことごとく「ヴンダーカンマーで見られるのだ!」ということになってきます。


そうは言っても、王様や諸侯たちの「珍品コレクション合戦」ですから、

珍しさを競うあまり、かなりえげつないものが蒐集され、えらそうに陳列されるわけです。


例えば、イッカク(イルカとかクジラの仲間ですかね)の角を馬の剥製にくっつけて

ユニコーン(一角獣)だと言ってみたり、

さまざまな生物(人間も!)の畸形などをホルマリン漬けの標本で飾ってみたり・・・

オカルトや錬金術に関わるような展示も多かったといいます。


展示物がどのようなものであっても、なんとはなし「ああ、きっとこれが博物館の原型だぁね、きっと」

と思われるわけですが、限られた空間にぎっしり詰め込まれ、

展示物ひとつひとつの価値よりも、「こんな、たくさん?!」という物量作戦に近いですから、

展示のされ方は、現在の博物館というよりも、ドン・キホーテの店内に近いのではなかったかと。


でも、こういったことも「他にないもの」「他で手に入らないもの」を追及するあまり、

科学技術等々の進歩にも一役買ったところはあるのでしょう。

科学技術ではありませんけれど、ひとつの例としては

ザクセン王国のアウグスト2世は中国の磁器を見て、どうしても同じものを作らせたくなり、

試行錯誤を重ねた末に出来上がったのが、マイセンの磁器なのだそうですよ。


欧州各国の君主、各地の諸侯が競い合ってコレクションし、

自分だけのヴンダーカンマーを作り上げていった時代も、やがては衰退していきますが、

あまりに膨大になったコレクションは、自然発生的に整理された陳列形式と、

価値の有無の判断を伴うようになるからなのですね。

ここに至って、現在の博物館、美術館に至る系譜となってくるわけです。


無意味なものがなくなり、展示も見やすい形がとられていった反面、

玉石混交、なんでもなりの愉悦は失われ、いつしかヴンダーカンマーは消えていくことになります。


しかしながら、自分のコレクションの凄さをいばって見せる相手というのは、

王侯貴族にとってライヴァルにあるような人たちで、一般公開されていたわけではありませんから、

城や宮殿の隠し部屋のような、もったいぶったところにヴンダーカンマーが設けられていたという例も

多くあるそうで、今でも見られるところがあるのだそうですよ。

インスブルックのアンブラス城にもあるということですが、

前から知っていたら絶対寄ったのになあ・・・と思うのでありました。


ちなみに、関連HPはこちら をご覧くださいね。

いきなり、なんだこれは!というものが見られます。