何か書き忘れてなと思っていたんですけれど、
ハビエル・バルデム 主演の「コレラの時代の愛」をしばらく前にBunkamuraで見ていたのでした。
東京では終わってしまいましたけれど、まだまだ上映中のところもあれば、
これから公開のところもあるようですから、やっぱり書いておこうかなと。
なんと51年9ヶ月と4日の間、
待ち続けた愛の物語なわけです。
ノーベル文学賞も受賞したガルシア=マルケスの原作ですけれど、恥ずかしながらガルシア=マルケスは読んだことがありませんので、雰囲気の方は想像がつきません。
でも、それにしても51年9ヶ月と4日ですよ。
これはこれで、極端な世界だなと。
ですから、先に「愛の物語」とは言ったものの、
「愛憎劇」であることは間違いないわけです。
出会ったときは、本当に二人は若いのですね。
そして、いてもたってもお互いを思うという時期があるものの、
一途なフロレンティーナ(ハビエル・バルデム)に別れを告げるフェルミーナ(ジョヴァンナ・メッツォジョルノ)は、あまりに唐突な気がします。
これは、実に痛いなと思いますね。
結果、51年9ヶ月と4日の間、相手を待ち続けるとは思いませんけれど・・・。
一方、この51年9ヶ月と4日ののち、フロレンティーナがフェルミーナを訪ねる瞬間というのが、
フェルミーナの夫が亡くなったその日なんですね。
まさにそのとき。これには、さすがにフェルミーナでなくても、
「口あんぐり」の後びっくり仰天でしょうねえ。
フロレンティーナと別れた後、フェルミーナは必ずしも納得していたとは思われない結婚をし、
その夫婦間でもいろいろあるわけですけれど、
ほんのちょっとしたことに「これでいいんだ、これが幸せなんだ」と思い込める瞬間を感じて、
老年になり、夫の死を迎えるまでフェルミーナの結婚生活は続きます。
それが、夫の死にあたって過去を思い起こせば、
おそらくは「これでよかったんだろうか」という気持ちがよぎったことでしょう。
そんなところへふいに現れたフロレンティーナに、フェルミーナは激怒するのですけれど、
フロレンティーナの一途さは「常軌を逸した」ともいえるものながら、
一途なあまり、ある部分では「青年のままが温存された」ところも感じ取れたのかもしれません。
だからこそ、最終的には和解をし、まるで互いが青年期の男女であるかのようなはじらいを伴って、
フロレンティーナとフェルミーナは結ばれるのですね。
ここに至る過程での、フロレンティーナのさまざまな行いに説得性があるかどうかは
受け手しだいというところでしょうけれど、今はあえてそれを記そうとは思いません。
とにかく、これはこれで愛の形のあれこれを考えさせてくれるものなのでした。
