長い長い時間をかけてマンガで読んだ「20世紀少年」は、面白かったなと思いつつも、エピソードが錯綜して、結局最後はどうだったんだっけ?と思ってしまうような話なのでした。
(単に、読解力がないだけかも・・・)
では、映画ではどうなのかなと思ったわけです。
1970年代と1999年と2015年とをいったり来たりするという、
「そりゃあややこしくもなるわなあ」というストーリーを細かいところを摘んで(たぶん)、
分かりやすくしようという意図が感じられるものでした。
親切といえば、とても親切。でも、マンガを読んだ人には、摘みすぎでは・・・とも。
しかし、マンガのキャラに近い人の選び方、つまりはキャスティングですが、
うまいことやったなあと。
主役の遠藤ケンヂ役の唐沢寿明は別として、
ケンヂの小学校の同窓会に集まった面々というのが、
かなり年代的に幅広いなあと思いながらも、役柄的にはマンガのイメージを違えないので、
ストーリーに入り込めるものですから。
(モンちゃん役の宇梶剛士が、最初伊吹吾朗に見えてしまったので、そりゃ年代的に幅広すぎ・・・)
ということで、マンガをご存じなくても一見の価値ありとは思うのですけれど、
最初から三部作構想だということはまあ良しとして、
最後にはっきり「To be continued」と出てきてしまうのは、映画の作りとしてどうなのだろうかと。
かつて「スター・ウォーズ」の初期シリーズも三部作構想でしたけれど、
(ジョージ・ルーカスの本意としては9部作構想で、長いインターバルの後、6部作で打ち止めでした)
その初期三部作の2作目「帝国の逆襲」を見たときに、
いかに一本分の時間が来ちゃいましたからといっても、
この中途半端な終わり方はないだろうと思ったのですね。
それでも、「To be continued」とは言ってなかったのではなかったんではないですかね。
それを、1本の映画の終わりに正面切って「続く」と言われてしまうのはなあ・・・。
1本、1本の映画に独立した作品としての仕切りをつけて、
それでも全作を見通すと、1本ごとのエピソードを上回る壮大なストーリーが見えてくるけんね!
というのなら、わからないではない。
この「20世紀少年」だって、うまく摘んだ脚本を作っているのだから、
それができないわけでもないと思うのですよね。
「ロード・オブ・ザ・リング」だって、そんなふうに作っていたではないですか。
と、またしてもひとしきり腐してしまっておりますが、
来年1月に公開されるらしい、第2章もきっと見に行くことでしょう。
ヨシツネやマルオ、ケロヨン、ドンキー、ヤマネ、フクベエ、そしてユキジに会いに。
(おっと、ネタばれしないようにと思ったあまり、全くストーリーには触れませんでした・・・)