ヴェネツィア だの、ジェノヴァだのとイタリアの都市国家が元気だった時期がありますね。
東ローマ帝国が崩壊 して、オスマン・トルコがぐぐっとヨーロッパに進出してきた時代、
イタリアは統一国家の体をなしていなかったわけです。
そんな都市国家のひとつが、ボローニャです。
というわけで?井上ひさしの「ボローニャ紀行」を読んでみました。
一般に「○○紀行」と言ったときの旅行記とは、
実は一味もふた味も違うのが本書なのですね。
まずもって、筆者のボローニャへの思い入れというのが、
かなり根が深いものがあります。
井上さんはカトリックで、
若い頃に聖ドミニコ会の方にお世話になったそうで、
その聖ドミニコ会発祥の地がボローニャというようなこともあるようですが、
その地に対する知識欲は相当なものだったのでしょう。
さらに、そんな井上さんが満を持して乗り込むボローニャ行きを、
お膳立てしたのがNHKで、紀行番組に仕立てるというのが発端ですから、
どうしたって「○○に行った、素晴らしかった」という紀行とは違うのも当然かもしれません。
ボローニャ大学の先生に話を聞く、
障害者が生き生きと働く作業場や郊外のレストランを訪れる、
映画フィルムの修復で有名な「チネテカ」で関係者に会う…などなど、
普通の観光客が訪ねようにも難しいことがあれこれ実現するのですね。
それでも、ミラノの空港についたとたんに、かばんを盗まれるというアクシデント。
とても天下のNHKが付いているとは思われない、旅の始まりから笑いを誘います。
井上さんの奥さんはイタリア滞在が長かったとのことですけれど、
かばんを盗まれたと報告する国際電話の向こうで、奥さんいわく
「イタリアを甘く見たわね。イタリアは職人の国よ。だから、泥棒だって職人なんです」と
思わぬイタリア自慢(?)されてしまったというのですね。
そんな旅の始まりではありますが、
本書はベルルスコーニ元首相の悪口などもふんだんに、
ボローニャの話からあっちへ転び、こっち転びしながらも、
「ボローニャ方式」なるものの紹介が繰り返しなされます。
ボローニャ方式とは、例えば建物でいえば、
「歴史的建造物を壊すことをせずに、その中身は現在の必要のための使うというやり方」
ということになりましょうけれど、あらゆることに応用は可能で、
ようするに「自分にとって身近な、地域の活性化があれば、自分自身も精神的充足感が得られる」
といったものなわけです。
やはり、歴史的に自治都市として完結していたからこその伝統なのかもしれません。
現在の日本に対する示唆は、多くのものを持っていますけれど、
近づけない理想のようにも思えてくるのですね。
しばらく前にNHKの紀行番組(これは井上さんとは関係なかったですが)を見て、
柱廊(ポルティコ)をたどれば、街じゅうを雨にぬれずに移動できるという旧市街の様子に
「行ってみたいな」と思ったわけでして、
新聞に本書の書評を書いた阿刀田高さんも
「理屈抜き、つい、つい、行きたくなる」と言っているとおりなわけです。
しかしまあ、あんまりあちこちに行きたくなっても、困ってしまうわけですが・・・。