夏の時季になると、TVにしても何にしても戦争ものが増えますけれど、
芝居もまた同様ということでしょうか。
マキノノゾミさん率いる劇団M.O.P の公演も、
しっかり日中戦争を背景にしていました。
でも、話の本筋は戦争によって人生を狂わせられてしまった人たち。
戦争という時代を、自分なりに精一杯泳ぎ抜いたと思っていたら、
実は泳がされていたという・・・。
気付かずにいられたら、余計なことを考えずに済んだものを気付かされてしまうことで
「自分の人生ってなんなの?」と考えてしまうのですね。
一人の女と二人の男。
それだけで、ありきたりとも思えるストーリーが浮かんできますけれど、
そこにどういう味付けをするかで、さらっと見てしまうか惹きこまれるか、
大きな分かれ目なわけです。
この点では、時間軸としても40年の隔てを描いて、背景に日中戦争を置いたりすることによって
スケールの大きな話を展開し、その舞台回しの妙味もあって、惹きこまれる芝居に仕上がっていました。
それにしても、ストーリーを編み出すということのヒントというのは、
それと気付くか気付かないかというだけで、そこここに転がっているのだなと思わされた次第です。
ルネ・クレール監督の「巴里の屋根の下」という作品。
(昔々に岩波ホールで見たことがありますけれど)
これを登場人物の三人(1女2男)が見ていたというとっかかり。
こうしたツカミも確かにあるよなぁ・・・と。
そして、甘粕大尉のような実在の人物の使い方の工夫なども、なるほどねえと。
ただ、それなら自分にも書けそうだで終わっては、コロンブスの卵の傍観者でしかないのでしょうけれど。
そうそう、夏の場面とはいえ、ひまわりの寄せ植えが登場したところで、
「ああ、あの人は生きていたんだわ!」というのは、意図的だったんでしょうか。
それとも単にイタリア映画の見過ぎ・・・。
ともあれ、40年の年齢差を演じ分けるという点での演技も含めて、
たっぷりどっしりした芝居を見たなという印象なのでありました。