公開中の映画「ダークナイト」というのは、
てっきり「暗い夜」のことだと思っていたのですよ。
何が違ってたのかをこと細かに言ってしまいますと、
ネタばれになってしまいましょうから、
ここではオリジナル・タイトルが「The Dark Knight」であることだけに
触れておくことにしましょう。
数あるアメリカン・ヒーローものは、
とかく繰り返し映画化されるようですけれど、
「バットマン」のシリーズは比較的多い方ではないかと思うのですね。
「スーパーマン」のように、
「なんせ宇宙人だけん、地球のことはよく分からんけんね」
とばかりに、あっけらかんと妙ちきりんなことをしでかすでなく、
元々地球の人(でも、アメリカ人・・・)であって、
しかもこうもりという、いささかダークさを背負っているところが、むしろ好まれるところなのかもしれません。
(その点、スパイダーマンも近いですが、映画では少年ですからねえ・・・)
そうしたダークさが前作の「バットマン・ビギンズ」で、これでもかと描かれていましたけれど、
続く本作もそのダークさにおいては、決して引けをとりません。
だからこそのタイトルなのでしょうけれど・・・。
ジョーカーという、理屈では行動を推し量ることのできない敵を得て、主人公は悩みに悩むわけです。
さりげなく?平和を守ることに貢献する立場ながら、どうしても目立ってしまうが故に
本来陰であるべきところに光が当たってしまうことの、本末転倒さ。
そのせいで、一時はバットマン廃業を考えるわけですが、
折りしも陰の立場ではなく、正義を貫けるやり手の検事が登場するに及んで、
彼にゴッサム・シティのこの後を委ねる決意をするのですが・・・。
そうは問屋が卸さないわけなのですね。
光と陰は根本的な二項対立ですけれど、そのあたりの描き方は考えられたものです。
さらに、光と思えた検事も、一歩間違うと陰ならぬ闇に転落してしまうという。
(「スター・ウォーズ」にも描かれたダークサイドですね)
でも、これは必ずしも映画の中の話ではなくって、理性をコントロールするバランスが崩れると
誰しもに訪れる可能性のある、人間の危うさを突いているわけです。
それだけに、本作のダークさは際立っているとも言えましょうけれど。
これは何もバットマンと検事の間だけのことでなしに、
フェリーに乗った人たちにも試されてしまうこと(何のことやらと思ったら、映画で確かめてくださいね)
なわけです。
映画によって、「考えさせられてしまうなぁ」ということはあるにせよ、
あまりに救いがないとしんどくなってきますから、
その点で本作はかなりぎりぎりのところを行っているのかもしれませんね。
