別かもしれないですけれど、
やっぱりルオーと聴いたときに
思い浮かべる絵のタッチというのが
確実にあるように思うのですね。
あたかも溶岩台地のような厚塗りの世界。
ルオーの大回顧展と聞いたときに、
そのような世界が繰り広げれているとしたら、
もはやげっぷもでない、パンパンになった胃が
思い浮かんでしまって、
実は二の足を踏んでいたわけです。
ところが、行ってみるものでねえ。
ルオーが、素人目に「ルオーらしい」という厚塗りの世界に
たどり着いたのは、かなり晩年なのではないか
ということがわかりましたし、
そこに至る「ルオー誕生」の過程を見る思いのする展覧会なのでありました。
ステンド・グラス職人から、絵を志してエコール・デ・ボザールに入り、
ギュスターヴ・モロー の教室でマティスと一緒だった のは有名な話ですよね。
最初はアカデミズムに根差した絵を描いて高い評価を得たルオーですけれど、
恩師モローの死によって筆がとまってしまったようです。
それでも、アカデミズムに付き物の宗教画という題材は最後までこだわり抜いたものの、
画風は徐々にオリジナルなものになっていったようです。例の厚塗りではないにしても・・・。
例えば、この有名な一枚、「小さな女曲馬師」(1925年頃)ですけれど、
一度塗った絵の具をスクレイパーで削り取って、重ねることによって
「雲母のような絵具層ができあがる」と解説されるように、
描くということでは、「こうはいくまい」というところが見てとれます。
まず、馬の首の部分。そして、女の子のスカート(衣装?)の部分。
画像で見ても、ちいともわからないでしょうから、これは何としても実物で見ていただくしかありません。
雲母の例えのように、正しく輝いているのですね。
しかも、計算した結果でない、不確実な産物と考えると(なにしろ削り取って、塗り重ねたのですから)
なおのこと目を奪われる思いでした。
前にもどこかで見たことがあるように思う絵なのですけれど、
ルオーってこんなことをやって描いていたのかと、改めて気付かされたのでありました。
(恥ずかしながら・・・)
この点では、同様の手法による「シエールの思い出」(1930年)なる大き目の風景画に
注目したいところなんですが、画像が見つからず、紹介できないのがなんとも残念。
この後は、本展の目玉と思しき連作油彩画《受難》のコーナーへと移っていきます。
アンドレ・シュアレスの宗教詩「受難」の出版にあたって、挿絵を頼まれたルオーでしたが、
短期間でたくさんの作品を仕上げなくてはならない制約から、
これまで塗っては削り、削っては塗り・・・を繰り返して作風を変えることによって
生み出された作品群なのですが、
むしろ「受難」のあとは、本格的に削りに帰ることなく、むしろ塗り重ねを極めていったように見えますから、
何が転機になるか、わからないものですね。
それでも、ルオーの絵画の移り変わりを見てきて思うのは、
あの有名な厚塗りでない方が好みだなぁ・・・ということなのでした。
最後にひとつ、ルオーが描き続けたキリストの像は山のようにありますけれど、
「受難(うつむいた)」(1939年)と題されたこの一枚は、さていかがでしょうか?


