「雪国」を読んだ 後だから思うのかもしれませんが、
映画「舞妓haaaan!!!」でも、やっぱり駒子が登場するのでした。
ただ、ここでの駒子は妙に純情です。
「雪国」の駒子が、ともすると島村を籠絡しているようにも思えるのとは違って、
とにかくお座敷で野球拳をすることだけに目がくらんでいる
公ちゃん(阿部サダヲ)に振り回されてしまう健気さがあるのですね。
川端文学と比較対照すること自体、
いかがなものか・・・というところではありますけれど、
舞妓と芸妓の違いというのを改めて意識したりするのでありました。
映画のセリフの中に、
「舞妓はそこらの女子高校生より身持ちが固い」(だったかな・・・)といったものがありますけれど、
一般的には公ちゃん同様に、勘違いしている向きがあるかもしれないですね。
お座敷仕事というだけで・・・。
それはともかく、主人公の公ちゃん=鬼塚公彦に目を転じてみると、
これはこれで初心貫徹、すさまじいものがあります。
「虚仮の一念、岩をも通す」と言いますけれど、
お座敷で豪勢にふるまうライバル(堤真一)が、(と言っても、勝手にライバル視しているだけですが)
野球選手であれば、自分の所属する食品会社に球団を買収させ、自分は選手になる。
京都市長戦に出馬すれば、自分も対立候補として立候補する・・・。
もちろん、バカバカしくはありますけれど、何事もこれほど「本気」になればかなってしまうのではないか
と思えてきたりもしてしまいます。
スポ根もので、どんな弱小野球チームも死に物狂いの練習を重ねると、
大会で優勝できてしまうような。
えてして、世の中はそうはうまくいかない・・・というのは簡単ですけれど、
たぶん、そんなふうに知ったかするのは、実は死に物狂いまでの気合が入っていないとも言えますけれど。
ちょっと前に、まめにブログにコメントのやりとりをしていた方の中に、
どうしてもやりたいことがあるので、この際ブログは断ち切って!という方がいました。
「一念発起」とは、こういうことを言うのだろうと思ったのですね。
それに引き替え、相変わらずブログにかまけているようでは、
とても「一念発起」はできないのかもしれません。
とまあ、とてもこの映画の雰囲気とは違う雰囲気のことに思いを馳せたのでありました。
