文庫化の際に紹介されていたような気がして読んでみた「姥捨てバス」でした。
主人公は「俺」、相方は「相棒」。
他の登場人物もあだ名で呼ばれる「白熊五郎」ほか、
およそ名前が出てこない。
そして、ぽんぽんと軽妙な会話で話が進むあたり、
「これは、果たして小説か?」とも思ったりしました。
「小説」というものを取り立てて高尚なものと考えているわけでもないのですけれど、
それでも、「小説は地の文で語れ」ということと
「いかに直接的でない描写でイメージさせるか」みたいなことに目が向いてしまうことがあるものですから、
面白い話だけれど作品として「小説」と言えるかみたいな評論家めいたことを考えてしまったりもします。
後者で言えば、「秋が近付いている」と書いてしまわずに、
「季節の移ろいが木々を赤く染め始めている」てなふうに書いた方が、なんか「文学」っぽい。
(チープな例ですいません・・・)
てなことを、読み始めて早々は思ったわけです。
何しろ、「姥捨てバス」というタイトルで予想されるストーリー(絶対、姥捨て山伝説を思い浮かべますよね)
が、面白いのですけれど、まさに予想通りに展開されたりもしたものですから。
ただ、途中からじわじわと話に、語られる内容に厚みが出てきた気がし始めて、
相変わらず予想通りの進み方ながら、いったいどう落とす(結末をつける)のかなと思っておりましたら、
「そう来たか!」と。
ミステリーで言う謎解きのような落としではありませんけれど、
最後は予想しなかった展開と、何故だか妙に「文学」っぽい最後の一文での締めに
ちょっと満足感が過ぎったのでありました。
おれはふたたび、その場にへたり込んだ。喉の奥から、なぜか、嘔吐にも似た笑いが込み上げてくるのがわかった。
と、今回はあえてストーリーに少しも触れずに紹介いたしました。
