映画「アフタースクール 」には二度、騙されました。
一度目は、予告編を見て、てっきり全編コメディだと思ってしまったこと。
もちろん、コメディ・タッチであることは間違いないのですけれど、
決して「笑って、笑って、笑いまくる映画」ではないのでありました。
でもって、二度目はと言えば、ストーリーの展開の点です。
ここではネタばれにならないようにしたいと思いますけれど、ある瞬間に「え?!」という展開があります。
そこで思うことは、その転換点に至るまでの間、見る側はすっかり騙されていたのだということでした。
でも、も少しよぉく考えてみると、騙されていたのではなくって、思いこまされていたということです。
物語を見せるにあたって、作り手の側に「騙してやろう」という発想はあったかもしれませんけれど、
実際には「多くを語らなかった」だけのことで、与えられた情報で見る側が勝手に「こうに違いない」と
思ってしまったというわけなのですね。
映画は当然のように見る側を意識して作られるものではありますけれど、
映画の中の人々のリアリティは、別にわざとらしい説明などすることなしに、
その場その場で起こったことに対応していくだけなはずですから、
見る人に分からないことがあっても当たり前なわけです。
それを、無理に説明してストーリー展開に見る側を追いつかせようとすると、
「なんだか説明くさいなあ」という違和感を感じることにもなりますから、
むしろ「アフタースクール」では、見る側が物語に入り込むのはスムーズなのですね。
ところが、そこが落とし穴だと分かるのは、後々のことになります。
仮にこれを文章でやろうとした場合には、三人称文体で行くしかないわけですけれど、
それにしても何かと説明したくなるところを、ぐぐっとこらえて読者の勝手な思い込みを誘発させ、
予想外の展開に持ち込むというのは、文章を書くときにはトライしてみたい「技」だなと思うのでありました。
