五味太郎作品展
実は地味ぃに、吉祥寺に美術館があるのですね。

と言いつつ、これまで行ったことはなかったのですけれど・・・


伊勢丹新館の7階に、こぢんまりとしたスペース。

それが、武蔵野市立吉祥寺美術館 です。


しかし、小さいくせに、企画展示室、浜口陽三記念室、

萩原英雄記念室と、小分けされていたのでありました。

ですから、企画展といってもぐるりひと回りで終了という感じ。

今は、絵本作家の五味太郎さんの原画展「絵本の時間」が

開かれています。


ほのぼのとした絵と、言葉遊びのような語り口で

味わいのある五味さんの絵本ですけれど、

デパートの上階とあって、親子連れできている小さな子供や

赤ちゃんまでが、五味さんの絵を見て楽しそうにしているのは、

見ているこちらも、ほのぼのした気分になってくるのですね。


落とし噺のような「がいこつさん」が楽しいなと思いました。

作家として「白」を大事にキャラを作ったら、ひとりでに物語が進行したということのようです。


がいこつさんがどこにいるか、わかりますか?

浜口陽三「ピーマンのある静物」
こうしたほんわか気分の後に入ったのが、浜口陽三記念室。

「浮かぶかたち」というテーマ展が行われていました。


彫刻から絵画に転じ、もっぱらメゾチントの作品を残した方ですけれど、

銅版ならではの繊細さと同時に、無機質な、冷ややかな肌ざわりが

伝わってきます。


「浮かぶかたち」というテーマそのままに、

ものが浮遊しているさまというのは、先に言った特質を

なおのこと強く印象付けるような気がしました。


そんな浜口作品を見ているときにふと思ったのですが、

五味作品は(絵本とはいえ)印刷して見られるもので、

浜口作品も(版画という技法的なものはともかく)印刷して見られるもの。

こう考えてしまうと、基本的に違いは無いのだなと・・・。


「芸術」をやたら高みに置くつもりはないのですけれど、

ごくごく自然に、五味さんの絵を「芸術」というような、大仰な言い方はしないでしょうし、

一方で浜口作品の方は、ごくごく自然に「芸術」であると受け止められていますよね。

浜口作品の方が「深い」とか「精神性が」とか言うことはできるでしょうけれど、

「それが何か?」

とも思えるわけです。


さらに、萩原英雄記念室に回って、木版の萩原作品、

とりわけ「イソップ絵噺」や「ギリシャ神話」のシリーズ作品を見るにつけ、

「どこまでが芸術で、どこまでが芸術でない」とかいうことは考えること自体ばかばかしいと

改めて思い至るのですね。


「美術」はとても奥行のあるものですけれど、それのどこかにどこかに芸術分岐点みたいなものがあって、

「そっから先に行けんと、芸術と言ってはいけんよ」

などということは無いわけです。


当たり前と言えば当たり前かもしれないですけれど、ふと訪れた美術館でそんなことを思ったのでした。

ちなみに、入場料は100円です!