映画「僕の彼女はサイボーグ」
実は、映画の「猟奇的な彼女」 が相当お気に入りでして、

その勢いと予告編で見たスピーディーな雰囲気につられて見てしまった

「僕の彼女はサイボーグ」 でありました。


設定としては、かなり面白くできるはずですし、

綾瀬はるかという、そのままそこにいても「おお、サイボーグか?!」

と思える適役を得て、期待は高まっていたのですが・・・

スピーディーさは、個人的な思い込みほどではなかったかなと

言うことだけコメントしておきましょう。


古来(とは、大袈裟ですが)時間軸を飛び越えるという物語は

山のようにあるわけなのですね。

そして、ストーリー的につじつまをあわせようとするほど

破綻をきたすようなこともあるわけです。


その点、シンプルな作りの方があらは見えにくくなりますし、

作りこむなら、妥当性はともかく、

一面理屈がたっているようにみえてしまう「バック・トゥ・ザ・フューチャー」くらいはやって欲しいところです。


てなふうに、小理屈をこねまわしておりますけれど、

所詮人間は、前後、左右、上下という3次元の世界に生きているわけでして、

これに時間軸を加えて4次元てなことを言ったとしても、

縦横高さとして知覚できるものと時間とを同じ仲間として認識することはしにくいですよね。


そうは言っても、人間が知覚できない(もしくは、知覚しにくい)ものであったとしては、

例えば縦横高さと同じ仲間として時間軸がある世界=4次元というものがないとは言えないわけです。

だからこそ、リサ・ランドール博士が言うような5次元 もあるかもしれないし、

それ以上の次元というものも、(人間が知覚できないだけで)無いとは言い切れないのですね。


「机上の空論」などという言葉もありますけれど、

科学の世界では、人間の五感では及びもつかないことを研究していますし、

数学の虚数のように、感覚的には「そんなもの、ありっこない!」と思えるものを

理論上「あり得る」との前提に立つことで、あれこれが解決するということが、現にあるわけです。


ということは、今現在の人間が考える理屈でもって、

時間軸を飛び越えた場合の整合性、つまりは話のつじつまが合っているとか、いないとか言うことは

ある意味、ナンセンスなのかもしれないのですよね。


とまあ、文系人間が生半可な聞きかじりネタを弄してあれこれ考えるわけですが、

それでもやっぱり、「ストンと腑に落ちる」ように描いてもらった方が

素直に「面白かったな」と思えるんじゃあないか・・・と思ったのでありました。