何より落ち着いてみられるのが、一番。
しかもそれが特別展なら、とっても得した気がするものです。
損保ジャパン東郷青児美術館 で始まった
ヴラマンクの没後50周年展はまさにそんな感じでした。
ヴラマンク(1876~1958)と聞くと、
フォーヴィスムを思い出すのですけれど、
これが相当に短絡的だったかなということがよく分かる展覧会。
なにしろ、これが一人の作家なのかな?
と思ってしまうような変遷をたどるのですね。
思いつく限りでも、
セザンヌ風、ユトリロ風、グレコ風、ゴッホ風、
はたまたこれはキュビスム、そしてあれは水墨画?!
そういう意味では楽しいですよね。
「雷雨の日の収穫」という1950年(ですから、晩年)の作品なのですけれど、
ゴッホの「カラスのいる麦畑」(1890年)を思い出させるではないですか。(小さい画像だからなおのことでは…)
もともと競輪や競艇の選手をしていたり、
軍楽隊のコントラバス奏者であったという画家としては変り種(?)のヴラマンクが
「ゴッホ回顧展」(1901年)で、強い衝撃を受けたのが25歳の時だったそうです。
そして、ヴラマンクは「父よりもゴッホ」を愛す」と言っていたとか・・・。
絵画は独学なのだそうですが、前年に出会ったアンドレ・ドラン、
そして「ゴッホ回顧展」でドランから紹介されたアンリ・マティス、
彼らとともに刺激を受け合うことが1905年の「サロン・ドートンヌ」で
「フォーヴ」と評される作風に結びついていくのでしょう。
しかし、作風は先に書いたように数々の変遷をたどるのですね。
画題としては、花を描いたものと雪景色を描いたものが多くあります。
とりわけ、「オーヴェール・シュル・オワーズの雪」(1924年)などは
一番ヴラマンクらしさが出ているものではないでしょうか。
このような雪景色にみる、雪を描くタッチにこそ
「おお、フォーヴィスムかあ!」などと感じ入っていた次第ですけれど、
もはやとうに、そういう括りから外れて「ヴラマンクらしさ」の世界で
勝負していたのだろうと、いまさらながらに思うのでした。
ただ、雪の「積もった感!」を描くタッチの荒々しさと
人が踏みしだいてぬかるみになった様子は見せてくれますねえ。
ヴラマンクは、セザンヌにも大きな影響を受けたこともあってか、
静物画も多く描いています。
ここでヴラマンクの言葉を引用してみましょう。
絵は本能に従って、感動を描くのだ。
絵は科学をもって立証する必要はない。
構図?それにこだわる必要はない。
その絵のために必要なものを、その在るべき位置におき、不必要なものは全部省略するだけだ。
静物画を描こうとして、目の前の籠に栗が入っていたとしても、
背景との調和を考えてより良い効果を上げることができるならば、
青いリンゴにも赤いリンゴにも描きかえてしまったというブラマンクらしい言葉ではないでしょうか。


