NHK「知るを楽しむ~私のこだわり人物伝」 2~3月にかけてNHKの教養講座「知るを楽しむ」の月曜日のシリーズ

悲劇のロシア 」という講座を見ていたのですけれど、

4月からは火曜日のシリーズ「私のこだわり人物伝」というものを

見ています。


今回は取り上げられる人物が二人、

4月放送の4回が指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤン、

そして5月の4回がグレン・グールドというわけです。


今年は、カラヤン生誕100年ということもあるのでしょうね、

こうして取り上げられるのは。

それにしても、語り手が何故天野祐吉さんなんだろうとは思いました。

謎はすぐに解けました。

天野さんは、カラヤンの信奉者なのでした。


それにしても、カラヤンほど毀誉褒貶の定まらない指揮者というのも珍しいですよね。


押しなべて、クラシック音楽のディープなファン層には人気がない。

カラヤンの音楽には、深みが無いというような点で、ぼろかすに言われたりもします。

例えば、ブルックナーの交響曲のような、

とかく深遠な世界を求められるような(これ自体、神話かも・・・)場合は散々です。


ただ、天野さんが言うような、集団創造の場

すなわちカリスマ指揮者が一人で仕切っているのでなくって、オケとの共同作業を纏め上げるような場での

カラヤンの上手さというのは確かにあったのだろうと想像するのですね。


でなければ、ベルリン・フィルという技能者軍団を何十年にもわたって、差配できるわけがない。

世界最高技術集団とも言われたベルリン・フィルの面々は、

浅薄な見てくれだけに騙されてしまうとは、とても思えないわけです。


天野さんは「再生芸術」ということにも触れています。

例えば、映画では最善のシーンを撮るために、いくつものテイクを経て

それらをつぎはぎするという過程があって、結果作品として仕上がる。


それと同じようなことがクラシック音楽にあって、なぜいけないのかということなのですね。

クラシック愛好家の中では、とかく「ライブの燃焼度はなにものにも代えがたい」ということで

ことさら一発勝負のライブこそ「ホンモノ」といった考えの方もおいでだと思いますけれど、

スタジオでいくつものテイクを経て、世に出される「再現芸術」は、

完成度の高さを問うて何が悪い!というわけです。


天野さんがここまでカラヤンに肩入れするのは、ある意味清々しささえ感じるのですね。

膨大な録音を残しただけに、玉石混交とは言われますけれど、

確かに「玉」もあるではないかと思ったりするわけです。


目をつぶって指揮する姿の見栄え重視、スポーツカーの運転や飛行機の操縦までしてしまう話題性、

「これがクラシックの指揮者なの?」という行動は、

おじいちゃんの年代が、指揮しているのか、手が震えているだけなのか分からない状態で指揮をして

音楽を紡ぐのとは真っ向から対立するものだけに、

余分な話題でなくって、音楽で勝負といったことにこだわる向きには貶されてもさもありなんと思うわけです。

カラヤン「オペラ名曲集」
個人的には、とりわけカラヤン蔑視もしないかわりに、

贔屓にしているわけでもありません。

ただ、昔々初めて自分で買ったクラシック音楽(当時はLPレコード)が、

カラヤンの指揮した「天国と地獄」序曲ほかが収録

されたものだったわけで、

確かにクラシック音楽をよく知らない人にも「かっこいいな」と

思わせるものがあったように思うわけです。


ともあれ、とにもかくにも見てくれの美しさばかりでなく、

音の美しさにこだわっているとされるカラヤンは

オペラ関係の小品集などでは最大の力量を発揮するようです。


良くも悪くもカラヤンはカラヤン。

生誕100年を機に、無心で聴いてみるのもよいかもしれないですね。