この2~3月に見ていたNHKの教養講座「知るを楽しむ」シリーズの「悲劇のロシア」 が終了しました。

といっても、最終回は3月24日でしたけれど、見られなくて録画をしておいたの見ましたので、

ちょいと時期外れになってしまったわけです。


ドストエフスキーの解題に始まったこのシリーズは非常に興味深く見てきましたが、

最後に取り上げられたのは、作曲家ショスタコーヴィチだったんですね。


講師である外語大学長の亀山先生は文学者ですから、どうなることやらと思ったのですけれど、

ご自身もチェロをたしなむ音楽通とあっては一聴に値する話だったのでありました。


クラシック音楽を聴くといっても、しょせん半可通ですから「晦渋なものはどうもなあ」と思っておりまして、

どちらかと言えばショスタコーヴィチの音楽なども、そうした範疇に入るわけです。

ショスタコーヴィチ「交響曲第5番」


そんな中にあって、

彼の交響曲第5番は何度も聴いている部類の曲なのですね。

何故か?!単純に、「かっこいい曲」だと思えるからです。


訳知りの方が読んだら、腰を抜かすほどに単純な理由ですけれど、

一度その最終楽章を聴いていただければお分かりにもなろうかと・・・。


ところが、謎はここにあったと亀山先生は言うわけです。

20世紀の音楽シーン(クラシックですが)は

一般の聴衆を置き去りにするほど先鋭化していました。

そんな中で、ショスタコーヴィチは

まさにコンテンポラリーな作曲家ですから、

あれこれトライした気持ちがあったろうと思うのですね。

しかし、当時のソ連はスターリン独裁の真っ只中、大粛清時代でもあったわけです。


オペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」で、当初は農奴が地主を殺害するという話の展開が

解放されるべき農奴のあり得る姿として検閲を免れながらも、

社会主義が定着してくると、時の権力を脅かすものはまかりならぬとなるわけで、

ショスタコーヴィチにも反体制のレッテルが貼られることになります。


この批判を打ち破らんがために、ショスタコーヴィチが仕掛けた爆弾が交響曲第5番であったというのです。

先に「単純にかっこいい曲」と言った曲調は、まさに革命の勝利を謳歌するがごとき風情でもありますが、

ショスタコーヴィチは、ここにビゼーの歌劇「カルメン」にある「ハバネラ」のモティーフをもってくるわけです。


カルメンが「男なんて私にかかればお茶の子よ!」といった独唱をするのですけれど、

そこに合唱が「ソ・ド・レ・ミ!」と合いの手を入れます。

付された歌詞の意は、「信じるな!」。


交響曲第5番第一楽章冒頭は暗ぁい雰囲気で始まりますが、

そこに「ソ・ド・レ・ミ♭」というフレーズが入ります。

カルメンにある「信じるな」を、半音だけずらして偲びこませたというのですね。


そんなさりげない差し込み方で始めておいて、

最終第四楽章では元々の「ソ・ド・レ・ミ」の音形を堂々と、そして高らかに歌い上げます。

「信じるな!!」と絶叫せんばかりに。


あたかも見かけは、社会主義の勝利を歌っているように見せかけながら、

その実、それを「信じるな!」と叫ばせているというショスタコーヴィチ。


スターリンの死の年、1953年に発表した交響曲第10番でも同じような隠し玉を使っています。

「D・Es・C・H」(ドミートリー・ショスタコーヴィチのイニシャル)による音形によって、

「(スターリンは死んだが)私はここにいるぞ!」と宣言するかのように。


とりわけ知識がなくとも絵を見て楽しめるように、音楽を楽しむこともできます。

ただ、何らか知識があると絵も音楽もより楽しめる可能性はあります。

まさに、このNHKの教養講座「知るを楽しむ」という言葉のとおりだなと思ったりするのでした。