【序】 フェルメールの絵からインスパイアされた物語。

1657年に始まったカール・グスタフ戦争で、オランダはデンマークと同盟を組み、北欧の雄を目指したスウェーデンに対抗した。ヨーロッパ大陸での戦闘とは別に、新大陸アメリカでもスウェーデン入植地に対してニュー・ネーデルラント入植地のオランダ軍は戦いを挑み、これを屈服させた。カール・グスタフ戦争は三年後にようやく終了を見たものの、海上の覇権を争うイングランドとの戦争は断続的に続き、1667年、ニュー・アムステルダム(現在のニュー・ヨーク)を含むオランダの北米植民地ニュー・ネーデルラントは、イングランドへの割譲のやむなきに至った・・・







「親愛なるイングリッド・ボルネス様


 突然の手紙に、さぞ驚かれたことでしょう。
 前に手紙を出してから、すでに十年にもなろうとは・・・
 貴女様には、むしろ届かぬ方が良かった手紙かもしれません。


 ニュー・ネーデルラントへ派遣士官として送られ、
 折り悪しく外地にいるままに戦争にまきこまれてしまいました。
 このことは、もうご存知でしたね。


 偵察任務を早々に済ませ、貴女様のところへ飛んで帰りたい。
 当時の気持ちに偽りはありません。

 ところが、本格的な戦闘に入る前段階と思ってしまった油断からか、
 小競り合いの局地戦に遭遇して、傷を負って倒れ、隊を見失ってしまったことは、
 総督に顔向けができない思いでいっぱいでした。


 しかし、傷の痛みに堪えながら、荒野にひとり取り残されたときには、本気で死を覚悟したのです。
 ぼろぼろになった私を荒野から拾い上げ、傷の手当てをし、
 生き永らえさせてくれたのがアメリカ先住民のレナペ族だとは後から知りました。


 「レナペ」という呼び名が彼らの言葉で「元の人々」という意味であるとおり、
 我が国オランダやスウェーデン、そしてイングランドなどが奪い合った土地は、
 元々彼らのものだったのです。


 彼らの土地を奪った側の人間である私に対して、彼らは本当に良くしてくれました。
 傷を負い、しかもたった一人の人間はあまりに無力で、
 彼らに敵対する気持ちなど毛頭無いことをわかってくれていたようです。


 そんな彼らの素朴な心、自然と共にある生活に触れることは、とても清々しいことでした。
 敵対勢力(主にイングランドでしたが)を避けて、彼らとともにアメリカの広大な土地を移り住んでいく中で、
 やむをえないにせよ長年にわたって戦乱の絶えない母国のことは
 むしろ考えないようにしていたのかもしれません。
 ただ、そんなときであっても、貴女様のことを片時も忘れたことはありません。

 
 そして、このたびニュー・ネーデルラントまでがイングランドに割譲されるという噂を耳にしたとき、
 オランダ本国はいったいどうなっているのだろう、貴女様はどうしているだろうかと、
 もはや矢も盾もたまらず、帰国しようという強い決意が生まれました。


 帰国した暁には、貴女様には真っ先にお会いしたい。
 しかし、十年という歳月はあまりに長すぎたかもしれません。
 貴女様は、私が戦闘に斃れたと思われていたことでしょう。
 アメリカの荒野から、私の無事を伝えるすべは無かったのです。
 今さらそのようなことを申し上げても、許してはもらえますまい。


 ああ、貴女様に一目でもお会いしたい。
 しかし、貴女様はすでに御主人をお持ちの身かもしれない。
 お子にも恵まれているのかもしれない。


 やはり、この手紙は出すべきではないのでしょうか。
 世界のどこかで私が生きていることを、貴女様はお考えになられたことはなかったでしょうか。

フェルメール「青衣の女」

 私の胸には今でも最愛のイングリッドがいます。
 たとえお会いできないとしても、その思いはこの後も私を勇気づけてくれるでしょう。
 最後になりますが、本当に不躾な手紙であると思っています。
 それでも、出さずにいられなかった気持ちだけでも伝えられることを願っています。


 今はもうニュー・アムステルダムとは呼ばれなくなってしまったニューヨークにて
 コルネリス・ファン・デル・メールより   1667年12月20日」



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