【序】 フェルメールの絵からインスパイアされた物語。

ポーランド国内の混乱に乗じて、同国に侵攻したスウェーデンが苦境に立たされたと見るや、これまで中立的であったデンマークはバルト海における覇権奪回と失地奪還の好機と捉え、オランダと結んで、スウェーデンに宣戦を布告した。時に1657年。


これまで新天地アメリカにおいて、スウェーデン入植地であったニュー・スウェーデン(現在のアメリカ合衆国デラウェア州、ニュー・ジャージー州のデラウェア川下流域)と周辺地域の領有権争いを続けていたオランダ入植地、ニュー・ネーデルラント(現在のアメリカ合衆国ニュー・ヨーク州、ニュー・ジャージー州のハドソン川流域)では、本国同士の敵対関係を後ろ盾に、ニュー・スウェーデンを攻め、これによってスウェーデンは新大陸の植民地を事実上喪失することになった・・・




「最愛のイングリッド

 いったい何から書き始めたらいいだろう。
 ニュー・ネーデルラントへの派遣士官に任命された半年前とはあまりに様相が変わってしまった。
 大西洋の荒波の果てにたどり着いたニュー・アムステルダムではストイフェサント総督が自ら出迎えてくれ、
 しばらく祝宴やら遊山やらで過ぎていったことは、前の手紙にも書いたとおりだ。
 
 ハドソン川流域の入植地の視察も済んで、ほどなく帰国し、
 君に再会する日を指折り数える毎日になっていた。
 そこへこんどの戦争が始まってしまった。

 もともとオランダからだって決して近くはないデンマークとスウェーデン戦争に、
 どうして参戦しなくちゃならないのか。
 それにもまして、僕のいるところは大西洋の遥か彼方なのに、ここでも戦闘の準備を始めている。

 しかし、政治のことをとやかくは言うまい。
 もちろん僕は、オランダ軍人として敵に後ろを見せるようなことはしないで、毅然と臨むつもりだ。
 君もそれを僕の勇敢さと受け止めてくれるだろう。

 ただ、どうも新大陸というところの勝手が、まだ今ひとつわからないんだ。
 地形も風土も気候も違う。
 ヨーロッパの各国があわよくば領土を広げようとしている。
 心してかかるつもりだ。

 ああ、イングリッド。早く君に逢いたい。
 いつものようにまた、スヒーダム門を臨む運河沿いを一緒に散歩したいものだね。

 でも、今しばらくは辛抱しなきゃならない。
 イングリッド、わかってくれるね。

 さあ、明日早朝から敵地との境界近くまで、偵察隊を指揮していかなければならないんだ。
 大丈夫だよ。
 君が待っていてくれると思えば、どんな苦難も乗り超えられる。

 だから、心配なことは何もない。
 必ず帰ると信じて待っていてくれ。
 僕のいるところは、君の家の窓から見える海の向こうでしかないのだから。

フェルメール「窓辺で手紙を読む女」
 それでは、我が最愛のイングリッドさま。
 病気やけがなどなさいませんよう、くれぐれもおからだに気をつけて
 再びお目にかかれる日を待ちながら、ニュー・アムステルダムにて。

 貴女を愛してやまないコルネリス・ファン・デル・メールより   1657年12月14日」



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