ピカソの「ゲルニカ」が、戦争の惨禍を描いたものだということは知っていましたけれど、
そのタイトルは何語かはわからないながら、
「戦争」という言葉に関連したものだと長らく疑うこともなく信じていたのですね。
これが、スペイン・バスク地方の町の名前だと知ったのは、ずいぶんと後のことなのでした。
これは、実に単純にフランス語で戦争を表す「guerre(ゲール)」と「Guernica(ゲルニカ)」が似てる
と思い込んだからにほかなりません。
ただ、バスク語で「ゲルニカ」は「聖なる柏」の意ということですから、
町の名前自体と戦争とは全く関係が無かったのでありました。
ところが、ピカソはその町の名をつけて、戦争の惨禍を描いたわけですけれど、
スペイン内戦の中、1937年4月26日に史上初めて無差別空爆を受けた都市がゲルニカだから
ということになります。
バスク地方にある大都市ビルバオを無傷で手にいれるために、
フランコ(そしてヒトラー)が見せしめ的に、
ビルバオから約20キロほど離れたゲルニカに空爆を行ったというのですから、
とばっちりもいいところで、戦争のさなかにあっても、全く理解しにくい攻撃だったのですね。
それだけに、ゲルニカ空爆は多くの人たちに衝撃を与えたでしょうし、
ピカソも筆を取ったのでしょう。(前から、人民戦線政府から絵を依頼されていたそうですが)
しかしながら、この絵はサルトルなど当時の知識人から、およそ好意的に迎えられなかったようです。
それでも、やはり見る人に対して、大きな訴求力を持った絵であろうとは思いますけれど、どうでしょうか。
