こないだ見た映画「その名にちなんで」の中で、
息子に「ゴーゴリ」と名づけた父親が息子にこんなことを語ります。
ゴーゴリは他の作家より特別親近感がある。成人後のほとんどを外国で過ごした、私のように。
しかし、もう一つの理由があるんだ。
「我々は皆、ゴーゴリの『外套』から出た」
いつか分かるよ。
「いつか分かるよ」と言われても、いったいどういうことなのか、
ゴーゴリの「外套」を読んでみることにしたのでした。
もちろん、ゴーゴリがロシアの作家であることは知っていますし、
その代表作の一つに「外套」があることも知っていましたけれど、
単に文学史的な知識でしかなくて、一切読んだことはなかったですので、これも機会かなということで。
近くの図書館で見つけたには見つけたのですけれど、
およそどこの図書館にもありながら、およそ借りていない文学全集の類い。
手にしたのは「筑摩世界文學大系」の31巻でありました。
図書館たるもの、世界文学全集くらい揃っていないと…という気概はわかるんですが、
文庫で借りられたら、尚良かったのかなと思うのですね。
なにしろ、今日(こんにち)ではおよそ見かけることのない、3段組で活字がびっしり埋まっているのですから。
まあ前向きはともかく、読んでみたところ、「不思議な話だな」と思ったわけです。
光文社の古典新訳文庫が流行っている昨今にあっては、翻訳としても古い部類に入るのでしょうけれど、
ゴーゴリそのものの文体なのか、訳者(横田瑞穂氏)の持ち味なのか、それとも両者の相乗効果なのか、
文章はかなり洒脱で読みやすくもあり、読んでいる最中は大変に楽しめたのでした。
これが、結末に至って物語が締めくくられると、「摩訶不思議感」が残るといったらよいでしょうか。
帝政ロシアの小役人、アカーキー・アカーキエヴィチ・バシマチキンは貧乏暮らしで、
背筋も凍えるような擦り切れた外套を着て役所通いをしていたところ、
もはやどうにも繕いがきかなくなり、涙涙の節約をして、外套を新調します。
うれしさいっぱいのアカーキー・アカーキエヴィチが新しい外套を着て出かけたところ、
たちどころにこの外套が強奪されるという憂き目にあってしまいます。
警察に届け出ても、さる有力者に口を聞いてもらおうとしても、およそ相手にされず・・・。
解説によれば、なんでもこの小説がドストエフスキーの「貧しき人々」をはじめ、
1840年代の文学に与えた影響は大きいのだそうで、
「ロシア文学の人道主義的傾向の出発点となって、その後のロシア文学を決定づけた作品といわれている」
のだそうな。
確かに、軽妙とも思える文章の中に「ロシア・リアリズムの開祖」とも言われる(らしい)ゴーゴリの、
時代を見る目が感じられます。
小役人の貧しさぐあいやら、官僚や警察機構の堕落やら。
でも、先の映画で何故引用されたのかは、も少し考えてみないと…というところですねえ。
ただ、先に引用したのと同じ言葉「我々はみな、ゴーゴリの外套の中から出て来た」と言ったのが、
ドストエフスキーだと言われれば、先の解説の話からして、これはこれで「なるほど」と思うのありました。
ちなみに、この「筑摩世界文學大系」31巻には、ゴーゴリの他の作品も収録されていますので、
も少し読んでみるとしますかね。