もうずいぶん前から思うことですけれど、
外国映画の日本公開時のタイトルが「どうにも安直だな」と
思っていました。
そしたら、アメリカ映画のオリジナル・タイトルそのものも
「安直になっているのかな…」と思ったり。
なにしろ、「アメリカン・ギャングスター」なのですから。
監督のリドリー・スコットが「とくにマーティン・スコセッシはこのジャンル(ギャング映画)がうまい」
と言いつつも、「誰のコピーもしたくなかった」と臨んだ本作。
確かに、スコセッシに見る「ノワール」っぽさとは離れていたように思われます。
何といっても、主人公フランク・ルーカス役のデンゼル・ワシントンが
見事にスタイリッシュ・ヒールを演じています。
例えば、縄張りを争う敵役を演じたキューバ・グッディング・Jr.のように、いかにも悪役っぽく、
汚い金で派手派手の服装や生活をするのと対象的に、一見地道な目立たない存在でいるわけです。
もちろんこれは、目立ては目立つだけ捜査対象として浮かんできてしまうことを避ける
方便でもあるのでしょうけれど、まったくもって「板についた」感じなのですね。
一方、刑事のリッチー・ロバーツ(ラッセル・クロウ)、まったく逆に着のみ着たままといった恰好で、
女ぐせ、酒癖が悪く、これ以上ない対比となってくるわけです。
それでも、なりふり構わぬ捜査ぶりで一目置かれているというところ。
ところが、1960年代ニューヨークの警察というのが、
麻薬の売人から上前をはねるような類いことが普通(?)だったとあっては、
ロバーツ刑事は検察側から(一目置かれた結果)麻薬特別捜査班のチーフを任されるものの、
警察署内ではむしろつまはじきにあってしまうという状態でした。
例えば、捜査途中で悪人の車から見つけ出した大金を署に届けたことで、
「バカなヤツ」と白眼視される始末ですから。
最初のうち、フランク・ルーカスとリッチー・ロバーツの動きは別々に進行するわけですけれど、
フランクが、いれこんだ彼女(ミス・プエルトリコ)にプレゼントされた派手派手のコートを着て、
ジョー・フレージャーVSモハメド・アリの世界へヴィー級タイトルマッチを見に行ってしまったことから、
俄然捜査線上に浮かんできてしまいます。
別進行であった二人の動きが、徐々に交差へと向かうのですね。
結果的には、麻薬の密輸入のからくりを暴いたリッチー・ロバーツがフランクを逮捕するのですけれど、
それで話が終わるのではありません。
ここでは言いませんけれど、なるほど!という話の流れがその後足早に展開します。
捜査協力という、その過程はフランクとリッチーのチームが出来たのだなと思わせるものになっています。
もちろん、フランクは犯罪人ですから、根っからの友情みたいなきれいごとではないでしょうけれど、
後日譚ですが、やがて弁護士になったリッチーの、最初の依頼人はフランク・ルーカスだったと言います。
これが、実話に基づいたストーリーだというのですから、
(そして実話に基づいた映画というのも多い昨今ですけれど)
いろいろなことがあるものですよね。
