読んでみるかと思い、近くの図書館で
貸出順番待ちの登録をしておいたのですけれど、
すっかり忘れた頃に「届きました」とメールのお知らせ。
先の番組が8月で、今は年をまたいだ2月。
いやはや、ずいぶん長くかかったものです。
そのわりには、かなり薄い本でしたので、
借りてきた日のうちに読んでしまいましたから、
改めて「何だって、こんなに時間が掛かったんだあ?」と思ったわけです。
しかし、いくら薄い本であっという間に読み終わってしまったからと言って、
分かりやすいものだったかどうか・・・
ただ、こういうことなんだろうなあと思うところは、
- 無くなってしまうはずのない素粒子が無くなってしまうのは、我々に見えない世界に行ってしまったと考えるのが自然。
- だから、我々に見えない世界があると考えるのが、自然。
- 縦、横、高さの三次元は知覚できるし、これに時間軸を加えて四次元までは何とか分かるので、さらに別の軸が介在する五次元(ないしはそれ以上の次元)があると考えるのが妥当。
ということでしょうか。
とはいえ、科学音痴には「無くなってしまうはずのない素粒子」という前提が、
そもそも「ほんとに?」なんですね。
仮に「素粒子が無くなってしまうもの」だったならば、全く違う考えになってしまいますから。
でも、ここで「無くなる」というのがどういうことかをよ~く考えてみると、博士の側に近づいてしまうような・・・。
例えば、積もった雪が何日かすると、いつのまにか消えてなく無くなります。
でも、本当に無くなったのではないことを、誰もが知っています。
融けて水になり、地中にしみ込んだのか、あるいは温められて水蒸気として上昇していったのか、
とにかく「雪そのもの」ではなくなりましたけれど、水や水蒸気に変化して「ある」のですね。
決して無くなったわけではないわけです。
でも、昔々の人であれば、真剣に「無くなった」と思ったかもしれません。
そういう点では、未来になって「異次元が存在する」ことを
当たり前の知識として知っている人たちから見たとすれば、
昔々の我々が「素粒子は無くなった」と思ったとしても、「仕方ないよね、昔の人だけんね」となるのでしょう。
このように考えてくると、博士の言い分も「そんなもんかな」と思えたりして。
ところで、本書はランドール博士に日本人宇宙飛行士の若田さんがインタビューするという形式です。
若田さんの過失でなくて、NHKが用意した質問なのかもしれないですが、
「科学者として女性であることの難しさはありますか」という問いが出てきます。
これに対して、ランドール博士は「何だって毎度毎度、こういう質問が出るのかしらね」といった様子。
(と、見てきたわけではないですが、文章からそう受け取れるわけです)
よほど辟易させられているのでしょうね。
とまあ、あれこれ考えたつもりではおりますが、も少し突っ込んで考えてみるには
博士の「ワープする宇宙」の方を読んでみるべきなのでしょう、きっと。
とてもやさしく書かれているということなのですけれど、果たして・・・