入社3年目の終わりから中国の蘇州という街に転勤しました。
当時は上海に日本人が50000人、蘇州市は5000人くらいだったように記憶しています。
25歳になったばかりの若造には退屈な街でした。
同じ会社の駐在員は自分を含めて4名。
朝晩会社の車で送り迎えです。
週に4日ほどは社内外からのお客に対応する接待でした。
一次会で中華料理、二次会は日本語片言のお姉さんがいる飲み屋。
そして土日のどちらかは必ずゴルフ。
仕事は楽しかったものの、苦行でしかありませんでした。
今も中国駐在員の行動パターンは同じなのでしょうね。
シンガポールの今の環境はそうではないのでありがたいです。
海外で働く。なんとなく憧れる人も多いと思うし、若いうちに海外をと日本を飛び出す人も多い。

クレジットカードは便利。でも、リボは危険。
最近はデビットカードがあるから現金即引き落としのデビットカードを利用するほうが良いです。
自分の金銭管理はしっかりやるにこしたことはなく、将来のお金をあてにする考え方は危険。
将来給料があがるから買うか!という考え方も危険。
金運を上げるためにはいっぱい使わないと!とか、お金は天下の回りものという記事を見かけることもありますが、現実をみましょう。
いつ気づくかは自分次第。
僕は超氷河期時代に大学を卒業し、就職活動は苦戦。まぁ学生時代は公認会計士を目指して失敗してみたり、ゼミにも入らずで、これという強みもなかったわけではあるんですが、最終的に東証一部上場企業ではありましたけど有名ではない、有名な会社の関連会社に就職することになりました。
正直、大学はそれなりのところを卒業していたので、自分の就職に納得がいかなかったというか、ずっと3年経ったら転職しようと思ってきました。今思うとただのブランド好きというか、有名な会社で働きたいという動機だけでしたね。笑。
実際に就職してみると、同じ大学の先輩なでもいて、学歴なんて関係ないのだと実感しましたね。地頭の良さはもちろん必要だと思うのですが、仕事においてはそれだけではダメで、これはおいおい書こうと思います。
入社1年目からリクルートエージェントに登録してみたものの、氷河期は継続中で名前知らない外資系しか選択肢はありません。。。転職の厳しさを確認した瞬間でした。そこで、転職活動は続けるものの、仕事は仕事でしっかりやるというスタンスに切り替えました。
入社して2年目を過ぎると、大学の友達の間でも給与格差が出てくることに気づきます。また、業界によって生涯年収の大きな違いにも気づきました。もっと早くに調べておけばよかったんですがね。。。僕はそんなことやらなかったんですね。泣。こうして自分の目標は世界を相手にもっと大きな仕事のできる大企業で給料を上げることを目標にした転職活動を意識するようになりました。