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社会人になったら読んでほしいブログ

社会人生活も20年目。20年間の雑言プラス転職2回に海外赴任2回の経験をつらつら書きます。若い社会人の方の役にたてば良いと思います。そのほかは住んでいるシンガポールネタなどを書いていきます。

2006年3月に正式に帰任となった。

引継ぎを兼ねて訪れた現地はなんとも居心地がよく、残り少ない滞在になると思うと寂しい気持ちにもなった。

3年間の駐在で達成できたこと、出来なかったこと。

入社して配属されたその日に退職される方がいて、会社員生活はあっという間だったとおっしゃった。

僕は全く同意できなかったが、少なくともこの3年間はあっという間だったし、チャレンジの連続だったなと思う。

新しいチャレンジはモチベーションも上げるし、自分の成長につながる。

また、この3年間で言いたいことはしっかり言わないと損だと、遠慮していてはダメだと変わっていた。

しかし、日本に帰ってみると以前担当していた財務部の仕事に戻され、急につまらない日々を送ることとなった。

一方で、プライベートでは久しぶりに家族と同居することとなっていたので、生まれたばかりに次女も含めて子育てに追われていた。

子供たちはよく病院にかかることが多く、遅れて出社することも多く、会社にはずいぶん迷惑をかけたように思う。

そのタイミングにその仕事で良かったなとは感じながら毎日を過ごしていた。

バセドウ病になった後、本社に挨拶に行ったら、中国には帰国せず、そのまま東京で勤務しろという話になった。

日本で海外の仕事をするという変な環境の中、3ヶ月ほどを本社で過ごすこととなった。

久しぶりの東京は楽しくてもう戻りたくないという気持ちもあった。

一方で、病気になってしまったことで、もう二度と海外で働けないという不安や、今後の昇格や転職にも響くだろうなとそんなことばかり考えていたように思う。

その年の暮れは久しぶりに妻の実家に帰省した。

でも、東北の引き締まった寒さの中で、厳しい環境で暮らす人々を見ているうちに、病気とうまくつきあいながら頑張れないことはないという気分になった。それに、海外に行かなくても海外相手の仕事ができることにも気づいた。

人間はどうしても悪い方ばかりに目がいってしまうように思う。

けれど、ここで前向きになれたことはその後の社会人人生においても良い方向に導いてくれていると思う。

きっかけはどこにあるかわからない。

だから人生はおもしろいのかもしれない。

 

2003年のSARSに続いて忘れられない出来事があった。

対日暴動。

上海の日本総領事館は焼かれ、多くの日本食レストランも被害にあった。

僕のいた蘇州ではそのようなことをなかったものの、社用車から社名を消したり、タクシーの中では日本語を使わないようにしたり、どこから来たのかと運転手に聞かれれば韓国と言ってみたり、異常な状況にあった。

きっかけは当時の首相の靖国神社参拝による、中国国内での半日感情の高まりによるとされているが、中国では格差が広がっているさなかでもあったため、そのように不満を持つ人達のガス抜きの材料に使われたとも思える。

コロナの対応でも、頑張っている医療関係者が嫌がらせを受けたりしている。

会社の中でも時にはいじめのようなこともある。

いい加減な情報に惑わされず、自分をしっかり持って生きていきたい。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/2005年の中国における反日活動

 

よく言われることであるが、日本人は行間を読むとか、日本人同士であればあうんの呼吸があるとされ、逆に外国人にはそれが通用しないので回りくどい言い方はやめてストレートに伝えるべきだという意見がある。僕自身の経験として、20年前の中国赴任の時には、あらかじめ納期を提示してお願いした仕事を適宜進捗確認していたが、最終的には今日本当に必要なんですか?と期待を裏切られたことが多々あった。ここシンガポールでも、確かに言ったことしかやらない、言わないとやらない人間というのは存在する。でも、考えてみると、日本人以上に日本人のようにこちらの下手糞な英語の意図を組んでくれる人もいるし、前職では「ネマワシ」という言葉を発するアメリカ人だっていた。結局は、自分次第なんだと思う。1を聞いて10を知れと全く知らない人から言われてもわかるわけがない。勝手な固定観念で外国人との間合いを詰めていくのではなく、その人がどのような人なのか本質を理解することこそ力を注ぐべきことだと思う。

海外から日本の会社の中途採用に応募して、面接を受けに行ったことがある。変わった経歴だから引っ掛かったのか今でも理由はわからない。

僕は連結売上高2000億円規模の会社に就職したが、ネームバリューがない会社だったためか書類すら通らなかった。しかし、中国駐在としてレジュメがパワーアップすると、面白いように超有名企業の面接に進めることができた。最終的には、もといた会社の40倍ほどの売上高の会社に移れたのもそれで書類を突破できたことが大きい。
自分のレジュメをパワーアップさせる方法はいくらでもあると思う。書類を突破して、自分自身をしっかり見て判断してくれる会社を見つけましょう。