「神は白髪の老人のような存在だった」(作中の一場面として語られる)
→ ある人はこう語った。
「私は聖霊を“若い霊”だと信じている」(原典:Herztöne: Das kleine Buch, Martin Schleske)
私もそう思う。
神の霊とは、呼吸し、動き、生きて働くエネルギーであり、
壊れたものの中からでも火のように立ち上がり、
力強い変化と創造をもたらす流れなのだと思う。
「大災難の後の世界はものすごく輝かしい未来で、地球全体で、すべての人々の状態が明るく輝き活き活きと暮らしている。」
(作中に登場するとされる文)
→ しかし現実はそんなに単純ではない。
神様が完全に治めるまでは、この地上において完全な正義や回復が実現されることはないだろう。
確かに今は、不安と危機感がより具体的な形で押し寄せてくる時代だ。
信仰の有無にかかわらず、「終わりの時代」だと感じている人も少なくない。
著者もまた、もしかするとこの時代の不穏さや崩れかけた均衡を感じ取っていたのかもしれない。
とはいえ、著者が見た未来の起点がいったいどこから来たのかについては、
もう少し慎重に考える必要があると思う。
すべての夢や幻が、神の霊から来るとは限らない。
だからこそ、出所のはっきりしない予言や災厄の有無に心を奪われるのではなく、
今この瞬間も、人の魂をもう一度立ち上がらせる
神のいのちの力にこそ、より目を向けていたいと思う。