ヤクザだったお父さんの改心 | MESSAGE + Private Note

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メッセージ+プライベートノート

私は子供の頃、父が何の仕事をしているのか

分からずに育った。後で分かったことだがヤクザ

だった。

私はいつも父と距離を感じた。

父は日本にいたが、私は韓国にいたし、父は

日本語しか喋れないが、私は韓国語しか

喋れない。私が父について知っているのは

、日本にいる人、体格の大きい人、洋服を

着ていることぐらいだった。


父はヤクザの中でで山口組だった。山口組には

約20万人の一員が属しており、親分か

ら90人の直系がある。父はその直系の中で

京都の担当者だった。


母は父が在日韓国人の事業家だと思って結婚し、

後にヤクザであることを知った。


母は熱心に教会へ祈りに行った。真冬に門を

開いて真っ暗な教会に入ると、母は私を前の席に

寝かせて毛布で包んでくれた。


「ここで寝て。ママはお祈りするよ。」

母は布団をかぶって、説教壇を眺めながら

祈り始めた。祈りは夜12時から午前5時まで

続いた。


母の祈りは大きく分け二つあった。もちろん一つ目は

父のことであった。

「神様、神様を知らない夫がいつか神様の前で

倒れるようにしてくださり、福音を分かるようにして

くださり、どうせなら、教会の長老として立てて

ください。


そして、彼に油を注がれ、日本の地に教会を

開拓して、可哀想な人々を助けることができる

ようにしてください。私たちは大金が

必要ありません。小銭で生きられる職業を

許してください。それで、絶えず神様に日用の糧を

頼るしかないそんな人生で私の家族は足ります。」


二つ目は私と妹に対する祈りだった。

「神様、私には息子と娘がいます。神様に

最高のものを差し上げるには、息子と娘を

差し上げるしかないですね。彼らに恵を施して

くださり、神様が受け取りさえすれば、最高に

準備いたしますから、神様の僕として使って

ください。」


しかし、その時は、親類からさえ、神様もそんな

祈りは聞き入れてくださらないから、もっと

現実的に祈りをせよと忠告されることがあった。


それから、私が6歳のときから8歳のときまで、

父は2年間家に帰ってこなかった。後から知った

ことだが、その2年間、父は拘置所で裁判中だった。


母は当時、毎晩父に手紙を書いた。日本語が

下手で辞書を引きながら何度も書き直した。

手紙の内容は大体こうだった。

「神様はあなたを愛しています。帰りさえすれば

いいです。新しい人生があなたを待っています。

私たち、新しく始めましょう。神様が新しいことを

私たちに許すでしょう。」


家の周りにも郵便局があったが、母はもっと

正確に送るために、1週間に3、4回ずつバスを

3回も乗り換えて、中央郵便局に行って手紙を

送った。


郵便局に着くと母が私に手紙を渡しながら

言った。「さあ, 祈って。」

幼い私は手紙を手に持って祈った。

「神様、この手紙がお父さんにちゃんと

届きますように。そしてパパがイエス様を

を信じますように。」

祈りが終わると母がポストを開けてくれ、私が

手紙を入れた。


今も父の箱の中には、その時に私たちが送った

手紙が山積みになっている。


一方、同派のヤクザは父が釈放されるのを

待っており、敵同士の別の派は父が出てきたら

殺そうとしていた。刑事たちはどうしても父の

拘置所生活を延ばそうと力を入れていた。


父の人生には具体的には変っていることは

なかった。ところが、ある瞬間、神様が訪ねてきた。


ある日、父は母からの手紙を読んでいる途中、

急に福音に気づく体験をした。神の恵みは、

ある瞬間私たちの生活の中に浸透して入ってくる

恵みである。


「なんで私を愛してるんですか?」

それまでは「神様は本当にいらっしゃるのか」

という疑問があったが、その日は神様が

いらっしゃるということがいつの間にか信じられ、

「神様、なぜ私のような罪人を許してくださるの

ですか?」という考えが生まれたという。


父は胸を打ち始め、その日、主を熱く経験する

ようになった。服を着ているのが申し訳なくて服を

全部脱いで、ひざまずいて祈ろうとするのに、

自分はひざまずく資格もないという気がして、

一晩中裸のまま立っている状態で悔い改めながら

イエスを経験した。

父は泣きながら祈った。「神様、私がまだ

弱いとき、ただで許されたから、これからは私が

神様をたくさん愛してあげます。」


以後、日本の福岡で教会を開拓し、引退した

今も一日をお祈りと言葉で始まり、お祈りと

お言葉で終える。


私は宣教師、牧師になり、妹は私と同じ

神学大学院を卒業して伝道師になった。

現在はフラー神学校で説教学博士課程を

勉強している。

母親の祈りが全て具体的に答えられたのだ。

『涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら

刈り取ろう。種入れをかかえ、泣きながら

出て行く者は、束をかかえ、喜び叫びながら

帰って来る』

(詩篇126: 5,6)

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