- 28章 神さま、べテルでヤコブに現れる。ヤコブ、誓いを立てる。-
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※ 神について、神とあなたの関係についてのあなたの人生にとって一番重大な質問
ヤコブは愛され、甘やかされたのです。してはいけないことをするように言われたとき、彼はそれをしましたね。彼は兄から長子の権利を盗みました。長子の権利はすでに彼のものでした。彼の父親が祝福を与えると言う形式上のことは、まったく必要ではありませんでした。アブラハムはイサクに祝福を与えていません。神さまが与えられたのです。そしてヤコブに祝福を与えたのは、神さまでした。彼のこのペテンは、不必要だっただけでなく、このせいで神さまが彼を取り扱われることになるのは、確かなことです。この章で、ヤコブは家を離れます。彼はべテルに行き、そこで神さまがヤコブに現れてアブラハムと結んだ契約を彼に確認します。
(創世記28:1)「イサクはヤコブを呼び寄せ、彼を祝福し、そして彼に命じて言った。『カナンの娘たちの中から妻をめとってはならない。』」
雑婚はいつでも神さまを信じないことに結びつきます。これは私からの警告です。私たちは、若い人たちが年寄りの説教者からのアドバイスをあまり聞かない時代に生きています。その人と結婚して、その人を主に導きたい、と。もしもし、若いお嬢さん。もし彼を結婚する前に主に導けないなら、結婚したあとも導くことはできませんよ。神さまは、神さまを信じる人が神さまを信じない人と結婚することを禁じておられます。それは必ず悲しみを引き起こします。私は文字通り何百件もの場合を見てきましたが、いまだ上手く行ったケースを見たことはありません。まだ一度もです!
(IIコリント6:14)「不信者と、つり合わぬくびきをいっしょにつけてはいけません。正義と不法
とに、どんなつながりがあるでしょう。光と暗やみとに、どんな交わりがあるでしょう。」
新約聖書はクリスチャンが、つり合わぬくびきをつけられてはならないことを厳格に言い渡しています。
(創世記28:2-4)「『さあ、立って、パダン・アラムの、おまえの母の父ベトエルの家に行き、そこで母の兄ラバンの娘たちの中から妻をめとりなさい。全能の神がおまえを祝福し、多くの子どもを与え、おまえをふえさせてくださるように。そして、おまえが多くの民のつどいとなるように。神はアブラハムの祝福を、おまえと、おまえとともにいるおまえの子孫とに授け、神がアブラハムに下さった地、おまえがいま寄留しているこの地を継がせてくださるように。』」
今明らかにイサクは、神さまがアブラハムにくださった祝福、神さまがイサクに移してくださったその祝福が彼の息子、ヤコブに受け継がれなければならないことを理解しました。
(創世記28:5)「こうしてイサクはヤコブを送り出した。彼はパダン・アラムへ行って、ヤコブとエサウの母リベカの兄、アラム人ベトエルの子ラバンのところに行った。」
もしも、この家族の民族はと聞くなら、シリア人と言わなければならないでしょう。彼らは聖書の中でそう呼ばれているからです。
(創世記28:6-9)「エサウは、イサクがヤコブを祝福し、彼をパダン・アラムに送り出して、そこから妻をめとるように、彼を祝福して彼に命じ、カナンの娘たちから妻をめとってはならないと言ったこと、またヤコブが、父と母の言うことに聞き従ってパダン・アラムへ行ったことに気づいた。エサウはまた、カナンの娘たちが父イサクの気に入らないのに気づいた。それでエサウはイシュマエルのところに行き、今ある妻たちのほかに、アブラハムの子イシュマエルの娘で、ネバヨテの妹マハラテを妻としてめとった。」
彼の家系がキリストの家系と交わるときに、彼の家系が書かれます。ここでは、エサウが行って、イシュマエルの娘と結婚します。エサウは彼の父親がそれを喜ぶと思っているのです。なんという霊的認識の欠如でしょう。イシュマエル人はカナン人やペリシテ人と同じように拒否された民族なのです。彼の家系がキリストの家系と交わるときに、彼の家系が書かれます。ここでは、エサウが行って、イシュマエルの娘と結婚します。エサウは彼の父親がそれを喜ぶと思っているのです。なんという霊的認識の欠如でしょう。イシュマエル人はカナン人やペリシテ人と同じように拒否された民族なのです。
(創世記28:10-11)「ヤコブはベエル・シェバを立って、ハランへと旅立った。ある所に着いたとき、ちょうど日が沈んだので、そこで一夜を明かすことにした。彼はその所の石の一つを取り、それを枕にして、その場所で横になった。」
もうちょっとあとに出てきますが、彼がやって来たところはべテルです。文字通り、「神さまの家」です。べテルはエルサレムの北約20キロのところにあり、ヤコブがあとにして来た家は、エルサレムの南、おそらく40から48キロのところにありました。これは、ヤコブが最初の日に少なくとも64キロくらいは旅したことを意味します。ずいぶん大急ぎでエサウから逃れていることが分かりますね。ヤコブにとって、このときだけでなく彼の生涯のあとのほうでも、霊的な生涯のクライマックスでした。彼はこの場所に来て、ここで眠るためにからだを横たえました。
(創世記28:12-13)「そのうちに、彼は夢を見た。見よ。一つのはしごが地に向けて立てられている。その頂は天に届き、見よ、神の使いたちが、そのはしごを上り下りしている。そして、見よ。【主】が彼のかたわらに立っておられた。そして仰せられた。『わたしはあなたの父アブラハムの神、イサクの神、【主】である。わたしはあなたが横たわっているこの地を、あなたとあなたの子孫とに与える。』」
ちなみに、アブラハムがパレスチナの地にはいったあと最初に神さまがアブラハムに現れたのはちょうどこの地域でした。
(創世記28:14)「『あなたの子孫は地のちりのように多くなり、あなたは、西、東、北、南へと広がり、地上のすべての民族は、あなたとあなたの子孫によって祝福される。』」
今、神さまは最初にアブラハムに与えられたと全く同じ約束を与えておられます。神さまはイサクにこれを繰り返しましたし、今、それを確認してヤコブに確かに神さまがこのことをすると再確認しておられます。
(創世記28:15)「『見よ。わたしはあなたとともにあり、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。』」
このことは、とにかく急いで家を出なければならず、寂しく、ホームシックにかかっていたヤコブにとって、慰めだったことでしょうね。。このはしごは何を意味するのでしょう?
(ヨハネ1:50-51)「イエスは答えて言われた。『あなたがいちじくの木の下にいるのを見た、
とわたしが言ったので、あなたは信じるのですか。あなたは、それよりもさらに大きなことを見ることになります。』そして言われた。『まことに、まことに、あなたがたに告げます。天が開けて、神の御使いたちが人の子の上を上り下りするのを、あなたがたはいまに見ます。』」
このはしごは、何でしょう?このはしごはキリストです。御使いたちがキリストに仕えていました。神さまは現在、キリストを通して人類に語っておられるのですよ。
(ヨハネ14:6)「・・・『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。』」
神さまはご自分が受け入れる息子を懲らしめられます。神さまは訓戒されます。神さまはアブラハムにもイサクにもそうされました。ヤコブにもそのようにされます。この時点までは、すべてがヤコブの思うようになっていました。試練は私たちの生涯に勇敢さをもたらし、神さまのために立ち上がれるようにします。ヤコブはまだまだ先がありました。彼が何をしたか、見てください。
(創世記28:16-17)「ヤコブは眠りからさめて、『まことに【主】がこの所におられるのに、私はそれを知らなかった』と言った。彼は恐れおののいて、また言った。『この場所は、なんとおそれおおいことだろう。こここそ神の家にほかならない。ここは天の門だ。』」
すべての神さまの家、すべての教会は、神さまから逃げている罪人にとっておそれおおい場所とならなくてはいけません。その場所は、罪人が、天から送られてきたはしごであるキリストを通して、神さまと出会うことのできる場所、神さまと顔と顔をあわせる場所でなければなりません。
(創世記28:18-19)「翌朝早く、ヤコブは自分が枕にした石を取り、それを石の柱として立て、その上に油をそそいだ。そして、その場所の名をベテルと呼んだ。しかし、その町の名は、以前はルズであった。」
さて、ヤコブの言うことに耳を傾けてください。彼は多くのことを学ばなければなりません。そしてこれがその証拠です。
(創世記28:20-21)「それからヤコブは誓願を立てて言った。『神が私とともにおられ、私が行くこの旅路を守り、食べるパンと着る着物を賜り、無事に父の家に帰らせてくださり、こうして【主】が私の神となられるなら、』」
彼は何をしているのでしょう?神さまと取引したいのです。彼は言います。「さて、かみさま。“もし”、あなたがこのことを私にしてくださるなら・・・」でも、神さまはもうすでに、これらすべてのことを彼にしてくださると“言われた”のです。神さまは私たちとそのような仕方で取引はされません。神さまはヤコブともそのような取引はされませんでした。もしも神さまがそうされたのなら、ヤコブは決してその地に帰って来ることはできなかったでしょう。神さまはご自分の恵みとあわれみによって、ヤコブをその地に帰らせてくださったのです。最終的にヤコブがべテルに帰ってきたとき、彼は賢い人になっていました。彼が何をしに帰って来たか知っていますか?神さまを礼拝し、そのあわれみをたたえるために帰って来たのです。神さまは彼にあわれみ深くあられました。神さまはもしアナタが神さまを愛するなら、本当に神さまに仕えたいと願うだろうと言われます。それは、愛の奴隷です。母親が小さな子どもに対して持つのと同じ種類の愛です。彼女は子どもの奴隷になります。神さまはアナタと私をそのように慕っておられます。
(創世記28:22)「『石の柱として立てたこの石は神の家となり、すべてあなたが私に賜る物の十分の一を必ずささげます。』」
私たちのうちのあまりにも多くが、神さまと取引しようと試みています。ああ、神さまはただキリストにある信仰によって、あなたの“父”になりたいと願っておられるのです。
※ 是非、引き続きブログテーマ「創世記」をお読みください。
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6月3日(金) ① 19:30~20:30
6月4日(土) ② 14:00~15:00 ③ 19:30~20:30
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イグアスの滝(自分で撮った写真です。)悪魔の喉笛です。
~一番ポピュラーな、悪魔の喉笛の由来は、その下の岩に打ち付ける滝の音が、悪魔が唸り声を上げている様に聞こえるから...~





