-  38章 ユダの罪と恥辱 -

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※ 神について、神とあなたの関係についてのあなたの人生にとって一番重大な質問

 

この章も、牛に5本目の足が必要でないように、不必要な章のように思われます。この物語を読んだあと、聖書にこの章がなければ良いのに、と思われるかもしれません。この章は、主イエス・キリストが出られる、ユダ部族の背景を私たちに教えてくれます。だから、聖書の記録にこの記事が含まれるほど大切なのです。この章は、ユダの罪と恥辱を取り扱います。この章は、ヤコブの家族をカナン人の堕落の影響から遠ざけることが必要だ、ということを明らかにさせています。これは、彼の家系からイスラエルの部族の中で王を輩出することになるユダの物語です。

 

(創世記38:1-2)そのころのことであった。ユダは兄弟たちから離れて下って行き、その名をヒラというアドラム人の近くで天幕を張った。そこでユダは、あるカナン人で、その名をシュアという人の娘を見そめ、彼女をめとって彼女のところに入った。」

 

 ユダは商用であるアドラム人の所に行きました。そこに行ったとき、このカナン人の女を見そめ、恋愛します。

 

(創世記38:3)「彼女はみごもり、男の子を産んだ。彼はその子をエルと名づけた。」

 

 ユダはこの子をエルと呼びました。確かにユダは“間違い”を犯しました。

 

(創世記38:4-6)「彼女はまたみごもって、男の子を産み、その子をオナンと名づけた。彼女はさらにまた男の子を産み、その子をシェラと名づけた。彼女がシェラを産んだとき、彼はケジブにいた。ユダは、その長子エルにタマルという妻を迎えた。」

 

 タマルの初登場です。彼女は、このようにしてキリストの系図に入りました。この家族を見て下さい。罪だらけです.

 

(創世記38:7-10「しかしユダの長子エルは【主】を怒らせていたので、【主】は彼を殺した。それでユダはオナンに言った。『あなたは兄嫁のところに入り、義弟としての務めを果たしなさい。そしてあなたの兄のために子孫を起こすようにしなさい。』しかしオナンは、その生まれる子が自分のものとならないのを知っていたので、兄に子孫を与えないために、兄嫁のところに入ると、地に流していた。彼のしたことは【主】を怒らせたので、主は彼をも殺した。」

 

 これはセックスに関してあまりにも強調点を置く現代を思い起こさせますね。

 

(創世記38:11)「そこでユダは、嫁のタマルに、『わが子シェラが成人するまで、あなたの父の家でやもめのままでいなさい』と言った。それはシェラもまた、兄たちのように死ぬといけないと思ったからである。タマルは父の家に行き、そこに住むようになった。」

 

 誰かが死んだら、兄弟が彼の未亡人と結婚しなければならないというのが当時の習慣でした。オナンは自分のつとめを果たすことを拒否し、死をもって打たれました。さて、ユダにはまだ子どものもうひとりの息子がいます。ユダは嫁に、弟息子が成人して結婚できるようになるまで、習慣に従って彼女の父の家に帰っていなさい、と言います。

 

(創世記38:12)「かなり日がたって、シュアの娘であったユダの妻が死んだ。その喪が明けたとき、ユダは、羊の群れの毛を切るために、その友人でアドラム人のヒラといっしょに、ティムナへ上って行った。そのとき、タマルに、『ご覧。あなたのしゅうとが羊の毛を切るためにティムナに上って来ていますよ』と告げる者があった。」

 

 このヒラという名前のアドラム人との取引は、羊と関係があったようです。彼らは羊を飼っていて、ふたり合わせると相当な群れをもっていたに違いありません。ユダは羊の毛を切るためにそこへ上って行きました。その間、タマルはずっと家で待っていました。彼女は、ユダは彼女に夫としてシェラをくれることはないだろう、という結論に達しました。

 

(創世記38:14)「それでタマルは、やもめの服を脱ぎ、ベールをかぶり、着替えをして、ティムナへの道にあるエナイムの入口にすわっていた。それはシェラが成人したのに、自分がその妻にされないのを知っていたからである。」

 

 シェラはもちろん、ユダの3番目の息子です。タマルはユダが彼女をシェラの妻にする意思がないのを見て、行動に出ます。彼女はやもめの服を脱ぎ、遊女の習慣だったベールをかぶって顔を隠して道端に座っていました。

 

(創世記38:16)「道ばたの彼女のところに行き、『さあ、あなたのところに入ろう』と言った。彼はその女が自分の嫁だとは知らなかったからである。彼女は、『私のところにお入りになれば、何を私に下さいますか』と言った。」

 

 ユダがどういう人物だかが分かりますね。彼はシュアの娘だったカナン人の女を誘惑しました。今彼は、タマルに同じことをします。これはとても醜い物語です。ユダは彼女が遊女だと思いました。タマルは彼の弱みにつけこむチャンスを見つけます。

 

(創世記38:17-20)「彼が、『群れの中から子やぎを送ろう』と言うと、彼女は、『それを送ってくださるまで、何かおしるしを下されば』と言った。それで彼が、『しるしとして何をあげようか』と言うと、『あなたの印形とひもと、あなたが手にしている杖』と答えた。そこで彼はそれを与えて、彼女のところに入った。こうしてタマルは彼によってみごもった。彼女は立ち去って、そのベールをはずし、またやもめの服を着た。ユダは、彼女の手からしるしを取り戻そうと、アドラム人の友人に託して、子やぎを送ったが、彼はその女を見つけることができなかった。」

 

 ユダは友人を町に送ります。彼は「ここにいた遊女を捜しています」とふれまわります。

 

(創世記38:21-24)「その友人は、そこの人々に尋ねて、『エナイムの道ばたにいた遊女はどこにいますか』と言うと、彼らは、『ここには遊女はいたことがない』と答えた。それで彼はユダのところに帰って来て言った。『あの女は見つかりませんでした。あそこの人たちも、ここには遊女はいたことがない、と言いました。』ユダは言った。『われわれが笑いぐさにならないために、あの女にそのまま取らせておこう。私はこのとおり、この子やぎを送ったのに、あなたがあの女を見つけなかったのだから。』約三か月して、ユダに、『あなたの嫁のタマルが売春をし、そのうえ、お聞きください、その売春によってみごもっているのです』と告げる者があった。そこでユダは言った。『あの女を引き出して、焼き殺せ。』」

 

 これがユダです。二重の基準を持っています。神さまはこのようなことをお認めにはなりませんよ。ユダのとった態度は、神さまのことばの中に出てきてはいますが、神さまがそれを認めておられるという意味ではありません。神さまの民が、カナン人と全く同じように振舞っています。これが、神さまが彼らをこの地から連れ出してエジプトの地に連れて行こうとされている理由です。エジプトでは、神さまは彼らをゴシェンの地に隔離して、このひどい影響から遠ざけられるのです。この章の話は、神さまがそうする必要があることを明らかにしています。ユダは言いようもないほどひどい行動をとっています。実際、彼は人の罪にはすぐに気づきながら、自分の罪は見えないのです。この章がここにあるのは、私たちへの警告のためです。神さまが罪を承認されないことを私たちに知らせるため、そして、なぜ神さまがイスラエルをパレスチナから連れ出してエジプトの地へ行かせたかを説明しています。

 

(創世記38:25)「彼女が引き出されたとき、彼女はしゅうとのところに使いをやり、『これらの品々の持ち主によって、私はみごもったのです』と言わせた。そしてまた彼女は言った。『これらの印形とひもと杖とが、だれのものかをお調べください。』」

 

 ユダはそれらのものを見て、自分のものだと認めざるを得ませんでした。

 

(創世記38:26)「ユダはこれを見定めて言った。『あの女は私よりも正しい。私が彼女にわが子シェラを与えなかったことによるものだ。』それで彼は再び彼女を知ろうとはしなかった。」

 

 遊女だと思ってセックスをした相手が義理のむすめだったことは、ユダにさえも不快感を起こさせました。でも、彼がカナン人の習慣を取り入れていたことが分かりますね。もしも神さまの民が神さまのことばを語り、福音にふさわしい生活をするなら、神さまが彼らの証しを効果的な物にしてくださると私は確信しています。今日、たくさんの牧師たちが会衆が減ることを恐れ、教会に人を集めるためなら何でもします。そしてその中には問題を抱えている牧師たちもいます。でも、神さまは一度も妥協するようにとは言われていません。教会の会衆の数にかかわりなく、神さまのことばを語るように、と神さまは言われています。神さまのことばを語るなら、必ず効果があります。神さまのことばには力があり、神さまはその人を通してご自分のことばを語れる、きよいうつわを探しておられるのです。

 

(創世記38:27-30)「彼女の出産の時になると、なんと、ふたごがその胎内にいた。出産のとき、一つの手が出て来たので、助産婦はそれをつかみ、その手に真っ赤な糸を結びつけて言った。『この子が最初に出て来たのです。』しかし、その子が手を引っ込めたとき、もうひとりの兄弟のほうが出て来た。それで彼女は、『あなたは何であなたのために割りこむのです』と言った。それでその名はペレツと呼ばれた。そのあとで、真っ赤な糸をつけたもうひとりの兄弟が出て来た。それでその名はゼラフと呼ばれた。

 

 主イエス・キリストが、肉によればユダとタマルの家系を通して出られたというのは、驚くべきことです。主が人間の種族の中にこられたとき、主は罪深い家系に入られたのです。

 

(IIコリント5:21)「神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。

 

※ 是非、引き続きブログテーマ「創世記」をお読みください。

 

― 特別聖書集会のご案内 香川県高松木太キリスト教会 -

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6月3日(金) ① 19:30~20:30

6月4日(土) ② 14:00~15:00  ③ 19:30~20:30  

6月5日(日) ④ 10:00~11:00  ⑤ 14:00~15:00

 

是非お近くの方は「聖書のみことば、罪のゆるし、死後のさばきからの救いのメッセージ、福音」を聞きにお越しください! 

 

神の御子イエス・キリストは、罪深い人間の身代わりに、十字架で死なれ、死の力を打ち破ってご復活されたまことの神、救い主なる御方です。

 

    
キリストは罪人である私たちの身代わりとなられ、十字架にかかり、死んでくださり、墓に葬られ、ご復活されました。その神の御子なるお方イエス・キリストを真の神、救い主と信じ受け入れることによって、私たちの罪がゆるされ、永遠の地獄の裁きから救われます。これが罪のゆるし、死後の裁きからの救いの福音です。

 

※ 約12分の救いのためのメッセージ動画です。是非ご覧下さい。

救いの福音のメッセージ文書版です。是非お読みください。

 

イエス・キリストは、皆さまを救う救い主です。人形劇を行いました。お子様と一緒にご覧ください。

 

 

 

是非これを読まれた方が主イエス・キリストを信じ救われることを心より願っております。罪のゆるしについて、死後のさばき(永遠の地獄)からの救いについて、真剣に考えたい方、話を聞きたい方は是非プロフィールクリック→メッセージください。あなたがどうすれば救われるのか一緒に考えさせてください。

 

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イグアスの滝(自分で撮った写真です。)悪魔の喉笛です。

~一番ポピュラーな、悪魔の喉笛の由来は、その下の岩に打ち付ける滝の音が、悪魔が唸り声を上げている様に聞こえるから...~