-  39章 ポティファルの妻の誘惑と濡れ衣。ヨセフの投獄。 -

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※ 神について、神とあなたの関係についてのあなたの人生にとって一番重大な質問

 

ヨセフはユダとはまるきり違います。ヨセフとベニヤミンは兄たちが受けなかった、たくさんの教えと、指導と、個人的な注目を受けたのではないかと、私はいつも思っています。ヤコブが興味があったのは、このふたりだけだったようです。神さまはアブラハムに現れ、イサクに現れ、ヤコブにも現れました。でも、ヨセフには現れませんでした。それでも、彼の生涯の中に神さまが示される進路は、ほかの誰よりもはっきりしています。彼はローマ人への手紙8:28の、旧約聖書中の見本です。

 

(ローマ8:28)「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のため
には、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」

 

もし、私たちが神さまの子どもで、神さまのみこころのうちにいるのなら、神さまの許可なしに私たちのところにやってくる物は何もないということを確信することができます。神さまが直接ヨセフに現れなかったのは、私たちのための励ましです。なぜなら、神さまが直接現れなくても、私たちを導いておられることが分かるからです。

 

(創世記39:1)「ヨセフがエジプトへ連れて行かれたとき、パロの廷臣で侍従長のポティファルというひとりのエジプト人が、ヨセフをそこに連れて下って来たイシュマエル人の手
からヨセフを買い取った。」

 

 この見栄えの良い17歳の若者は、奴隷市場では最高の商品だったことでしょう。彼は侍従長のポティファルに買われました。ポティファルは軍隊にいて、当時の国防総省にオフィスを構え、最高幹部のひとりで、傑出した役人でした。

 

(創世記39:2)「【主】がヨセフとともにおられたので、彼は幸運な人となり、そのエジプト人の主人の家にいた。」

 

 ヨセフがパロの役人だったポティファルの家に来たとたん、主がヨセフとともにおられることが誰の目にも明らかでした。ヨセフが来たときに、この家に祝福が来ました。

 

(創世記39:3)「彼の主人は、【主】が彼とともにおられ、【主】が彼のすることすべてを成功させてくださるのを見た。」

 

 神さまの子どもは、この世では誘惑にも、トラブルにも、問題にも遭遇します。ヨセフにもそのようなことが起こります。

 

(創世記39:4)「それでヨセフは主人にことのほか愛され、主人は彼を側近の者とし、そ
の家を管理させ、彼の全財産をヨセフの手にゆだねた。」

 

 考えてみてください!ヨセフが仕える仕方を見て、ポティファルは彼を自分の全財産を管理させる地位にまで取り立てました。動産と、そしておそらく不動産までも管理させたことでしょう。ポティファルは、すべてにおいてヨセフを信頼しました。

 

(創世記39:5-6)「主人が彼に、その家と全財産とを管理させた時から、【主】はヨセフのゆえに、このエジプト人の家を、祝福された。それで【主】の祝福が、家や野にある、全財産の上にあった。彼はヨセフの手に全財産をゆだね、自分の食べる食物以外には、何も気を使わなかった。しかもヨセフは体格も良く、美男子であった。」

 

 ポティファルが心配しなければならなかったことはただひとつ、パロを喜ばせるために頑張ることだけでした。

 

(創世記39:7)「これらのことの後、主人の妻はヨセフに目をつけて、『私と寝ておくれ』と言った。」

 

 彼女はヨセフを見て、誘惑しようとしました。

 

(創世記39:8-9)「しかし、彼は拒んで主人の妻に言った。『ご覧ください。私の主人は、家の中のことは何でも私に任せ、気を使わず、全財産を私の手にゆだねられました。ご主人は、この家の中では私より大きな権威をふるおうとはされず、あなた以外には、何も私に差し止めてはおられません。あなたがご主人の奥さまだからです。どうして、そのような大きな悪事をして、私は神に罪を犯すことができましょうか。』」

 

 この若者が、この全てのことの中で“神さまに”仕えていることに気づきましたか?彼がエジプトに下ったとき、そこはバビロンと同じように偶像礼拝に満ちた地でした。その偶像礼拝の地で、ヨセフは生けるまことの神さまに対しての証しと高い道徳を保っていました。もし誰かが結婚の誓いを軽視し始めたら、その人は神さまを軽視し始めたのですよ。

 

(創世記39:10)「それでも彼女は毎日、ヨセフに言い寄ったが、彼は、聞き入れず、彼女のそばに寝ることも、彼女といっしょにいることもしなかった。」

 

 ヨセフに対する煮え返るような恨みが彼女の中に溢れてきたことは想像にかたくありません。

 

(創世記39:11-14)「ある日のこと、彼が仕事をしようとして家に入ると、家の中には、家の者どもがひとりもそこにいなかった。それで彼女はヨセフの上着をつかんで、『私と寝ておくれ』と言った。しかしヨセフはその上着を彼女の手に残し、逃げて外へ出た。彼が上着を彼女の手に残して外へ逃げたのを見ると、彼女は、その家の者どもを呼び寄せ、彼らにこう言った。『ご覧。主人は私たちをもてあそぶためにヘブル人を私たちのところに連れ込んだのです。あの男が私と寝ようとして入って来たので、私は大声をあげたのです。』」

 

 ポティファルと彼の妻の間はあまり上手く行ってはいませんでした。彼女が夫のことを話す意地悪な、おとしめた言い方を見て下さい。私が一番気の毒だと思うのは、ポティファルです。もし、前に同じことがあったのなら彼は間抜けです。おそらく、彼は何かあるとずっと疑っていたかもしれません。

 

(創世記39:15)「『私が声をあげて叫んだのを聞いて、あの男は私のそばに自分の上着を残し、逃げて外へ出て行きました。』彼女は、主人が家に帰って来るまで、その上着を自分のそばに置いていた。」

 

 さてここで、十代の若者ヨセフは、一人ぼっちでエジプトにいて、最も卑劣なやりかたで濡れ衣を着せられました。

 

(創世記39:17-19)「こうして彼女は主人に、このように告げて言った。『あなたが私たちのところに連れて来られたヘブル人の奴隷は、私にいたずらをしようとして私のところに入って来ました。私が声をあげて叫んだので、私のそばに上着を残して外へ逃げました。』主人は妻が、『あなたの奴隷は私にこのようなことをしたのです』と言って、告げたことばを聞いて、怒りに燃えた。

 

 私は個人的には、ポティファルは自分の妻がどういう女であるか知っていて、ヨセフを監獄に放り込んで、このことを忘れてしまうほうが都合が良いと考えたのではないかと思います。こんな女と結婚したポティファルは気の毒ですね。ただ、ヨセフには誘惑が効かなかったのです。だから彼女は彼に濡れ衣をきせた、という訳です。

 

(創世記39:20)「ヨセフの主人は彼を捕らえ、王の囚人が監禁されている監獄に彼を入れた。こうして彼は監獄にいた。」

 

 ヨセフは高い地位につけられたとはいえ、まだ奴隷であったことを忘れてはいけません。ポティファルの妻はシーザーの妻のようなものでした。あえて彼女に何か言う人は誰もいないのです。明らかに、彼女のことばは受け入れられています。かわいそうなヨセフ!彼は口を開くことさえできませんでした。どんな弁護もしないうちに、彼は有罪と宣告されました。直ちに彼はパロの囚人が入れられている監獄に入れられました。

 

創世記39:21-23)「しかし、【主】はヨセフとともにおられ、彼に恵みを施し、監獄の長の心にかなうようにされた。それで監獄の長は、その監獄にいるすべての囚人をヨセフの手にゆだねた。ヨセフはそこでなされるすべてのことを管理するようになった。監獄の長は、ヨセフの手に任せたことについては何も干渉しなかった。それは【主】が彼とともにおられ、彼が何をしても、【主】がそれを成功させてくださったからである。」

 

 他の族長たちに現れたようには、神さまは彼に直接現れませんが、神さまはヨセフに憐れみを示されます。まず、神さまは監獄の長がヨセフを気に入り、信頼するようにされます。ヨセフは生来とても魅力があり、すごい能力のある若者でしたが、心にとめるべき大切なことは、もし神さまがともにおられなかったなら、すべては無に帰したということです。神さまが彼とともにおられ、彼を導いておられます。これらすべての経験は、この若者の生涯の目的を達成するために動いています。周りの状況が彼を引き落とすことはありませんでした。彼はこのような環境の上に生きていたのです。この若者は、彼のすべての環境を乗り越えてきたようですね。彼はヘブル人への手紙の一節を思い起こさせます。

 

(へブル12:11)「すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲
しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ば
せます。」

 

サタンは人類を軽蔑していますが、でも、サタンが買収できなかった人たちがほかにもたくさんいるのです。牢獄に入ることが神さまのみこころだったのでしょうか?いやあ、彼がそこにはいることはほとんど必要不可欠でしたね。次の章でそれを見ることにしましょう。

 

※ 是非、引き続きブログテーマ「創世記」をお読みください。

 

― 特別聖書集会のご案内 香川県高松木太キリスト教会 -

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6月3日(金) ① 19:30~20:30

6月4日(土) ② 14:00~15:00  ③ 19:30~20:30  

6月5日(日) ④ 10:00~11:00  ⑤ 14:00~15:00

 

是非お近くの方は「聖書のみことば、罪のゆるし、死後のさばきからの救いのメッセージ、福音」を聞きにお越しください! 

 

神の御子イエス・キリストは、罪深い人間の身代わりに、十字架で死なれ、死の力を打ち破ってご復活されたまことの神、救い主なる御方です。

 

    
キリストは罪人である私たちの身代わりとなられ、十字架にかかり、死んでくださり、墓に葬られ、ご復活されました。その神の御子なるお方イエス・キリストを真の神、救い主と信じ受け入れることによって、私たちの罪がゆるされ、永遠の地獄の裁きから救われます。これが罪のゆるし、死後の裁きからの救いの福音です。

 

※ 約12分の救いのためのメッセージ動画です。是非ご覧下さい。

救いの福音のメッセージ文書版です。是非お読みください。

 

イエス・キリストは、皆さまを救う救い主です。人形劇を行いました。お子様と一緒にご覧ください。

 

 

 

是非これを読まれた方が主イエス・キリストを信じ救われることを心より願っております。罪のゆるしについて、死後のさばき(永遠の地獄)からの救いについて、真剣に考えたい方、話を聞きたい方は是非プロフィールクリック→メッセージください。あなたがどうすれば救われるのか一緒に考えさせてください。

 

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イグアスの滝(自分で撮った写真です。)悪魔の喉笛です。

~一番ポピュラーな、悪魔の喉笛の由来は、その下の岩に打ち付ける滝の音が、悪魔が唸り声を上げている様に聞こえるから...~