- 2章 罪を犯している聖徒の回復における神さまの慰め。 -
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※ 神について、神とあなたの関係についてのあなたの人生にとって一番重大な質問
今私たちは、罪を犯している聖徒の回復における神さまの慰めを見て行きます。使徒パウロは、この主題に入る前に、1章の主題を続けます。彼は、自分がもっと早く彼らを訪問しなか
った動機を説明しています。そのあと彼は、コリントの会衆の中にいる罪を犯している聖徒のことを話します。最後に彼は、神さまが私たちに、キリストのうちにあって勝利を得させてくださることを示します。
(II コリント2:1)「そこで私は、あなたがたを悲しませることになるような訪問は二度とくり返すまいと決心したのです。」
パウロは、彼らにがっかりさせられたことを認めています。もしパウロが彼らを訪問すれば、悲しみの訪問になったことでしょう。
(II コリント2:2)「もし私があなたがたを悲しませているのなら、私が悲しませているその人以外に、だれが私を喜ばせてくれるでしょうか。」
パウロは悲しみのうちに、涙を浮かべて行きたくはありませんでした。もし行けば、彼らをも悲しませることになったことでしょう。そうしたら、誰がパウロを喜ばせてくれるのでしょう?彼らすべてが、ハンカチに顔をうずめてわあわあと泣いていたことでしょう。
(II コリント2:3)「あのような手紙を書いたのは、私が行くときには、私に喜びを与えてくれるはずの人たちから悲しみを与えられたくないからでした。それは、私の喜びがあなたがたすべての喜びであることを、あなたがたすべてについて確信しているからです。」
パウロは彼らのところに、喜びのうちに行きたかったのです。パウロは彼らから、パウロが彼らに書いたことについては正した、という伝言を受けることを望んでいました。
(II コリント2:4)「私は大きな苦しみと心の嘆きから、涙ながらに、あなたがたに手紙を書きました。それは、あなたがたを悲しませるためではなく、私があなたがたに対して抱いている、あふれるばかりの愛を知っていただきたいからでした。」
ときに、神さまのみことばからの叱責は、会衆に重くのしかかります。牧師はそのようなことはするべきではない、と思っている人たちもいます。でも、言わせていただきますが、誠実な牧師は、神さまのみことばからの叱責を“しなければならない”のです。次のように命じられているからです。
(II テモテ4:1-2)「神の御前で、また、生きている人と死んだ人とをさばかれるキリスト・イエスの御前で、その現れとその御国を思って、私はおごそかに命じます。みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。」
パウロはここで、彼の叱責は、自分が彼らに反対しているからなのではなく、彼らを愛しているからだと彼らに語っています。誠実な牧師は、会衆に「おべっかを使う」ことなく、神さまのみことばをそのままに語ることで自分の愛を示します。
(II コリント2:5-6)「もしある人が悲しみのもとになったとすれば、その人は、私を悲しませたというよりも、ある程度──というのは言い過ぎにならないためですが──あなたがた全部を悲しませたのです。その人にとっては、すでに多数の人から受けたあの処罰で十分ですから、」
彼らはパウロに従いました。彼らはその人を破門しました。それは、彼らがとるべき行動でした。すると、この人は自分の罪を認め、大きな罪の自覚のもとに戻って来ました。さて、彼らは今度はどうするべきなのでしょう?彼らはこの人を赦さなくてはなりません。
(II コリント2:7-8)「あなたがたは、むしろ、その人を赦し、慰めてあげなさい。そうしないと、その人はあまりにも深い悲しみに押しつぶされてしまうかもしれません。そこで私は、その人に対する愛を確認することを、あなたがたに勧めます。」
「彼は自分自身の罪のせいだけでなく、あなたがたが彼を受け入れないことで圧倒されてしまうでしょう。ですから今、彼の背中に手を回し、彼をあなたがたの交わりに回復してやりなさい。」
(II コリント2:9-11)「私が手紙を書いたのは、あなたがたがすべてのことにおいて従順であるかどうかをためすためであったのです。もしあなたがたが人を赦すなら、私もその人を赦します。私が何かを赦したのなら、私の赦したことは、あなたがたのために、キリストの御前で赦したのです。これは、私たちがサタンに欺かれないためです。私たちはサタンの策略を知らないわけではありません。」
ひどい不道徳に目をつぶることで、彼らはキリスト・イエスの大目的に傷をつけています。私たちはみんな、罪を犯す可能性があるということを覚えている必要があります。ほかの人が何をしたとしても、私たちも、同じことをしてしまうかも知れないのです。そのような人が自分の罪を悔い改めたときには、彼は柔和の霊のうちに回復されるべきなのです。その人は、交わりの中に再び入れられるべきです。それもミニストリーの一部です。何と栄光に満ちたミニストリーではありませんか!
(II コリント2:12)「私が、キリストの福音のためにトロアスに行ったとき、主は私のために門を開いてくださいましたが、」
そのときには、彼がそのまま進んでコリントに行くことよりも、彼がトロアスにとどまって福音を宣べ伝えることが神さまのみこころでした。
(II コリント2:13)「兄弟テトスに会えなかったので、心に安らぎがなく、そこの人々に別れを告げて、マケドニヤへ向かいました。」
パウロは、マケドニヤのピリピに行きました。そこにテトスが来て、コリント人たちが彼らの会衆の中にあった罪を取り扱い、罪を犯していた人は今は悔い改めて、罪から立ち返った、という伝言をもたらしました。
(II コリント2:14)「しかし、神に感謝します。神はいつでも、私たちを導いてキリストによる勝利の行列に加え、至る所で私たちを通して、キリストを知る知識のかおりを放ってくださいます。」
この劇的な映像の中で、パウロは、福音を宣べ伝えることは勝利の入場を導いているようなものだと言っています。背景には、ローマの勝利の入場があります。このような勝利の凱旋のなかではいつでも香がたかれました。彼らは自分たちの神々に香をたいて、勝利をくれたことを感謝しました。行列が通る間ずっと、香からの煙が雲のようになり、ときには通り過ぎていく行列を覆い隠すほどでした。あなたがキリストのうちにあるなら、あなたに敗北はありません。敗北することはできないのです!パウロは、神さまが“いつでも”私たちを勝利に導いてくださるといいます。あなたは、だれひとりキリストに立ち返らないときでも、勝利を得ているのですか?「そのとおりです」とパウロは言います。
(II コリント2:15)「私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、神の前にかぐわしいキリストのかおりなのです。」
勝利の凱旋の中には、自由にされる人たちと、刑に処せられる人たちがいました。でも、すべての人々が勝利の凱旋のなかにいたのです。
(II コリント2:16)「ある人たちにとっては、死から出て死に至らせるかおりであり、ある人たちにとっては、いのちから出ていのちに至らせるかおりです。このような務めにふさわしい者は、いったいだれでしょう。」
この世でもっとも偉大な特権は、神さまのみことばを宣べ伝えることです。そのようなものはほかにはありません。神さまのみことばを宣べ伝えることは栄光に満ちています!なぜだか知っていますか?なぜなら、神さまはいつでも私たちに勝利を得させてくださるからです!キリストを拒む群集にとってはどうなのでしょう?彼らにとっては、私たちは「死に至らせるかおり」なのです。「もしもあなたがキリストを拒絶したあとここから出て行くなら、私はおそらくあなたの最悪の敵になるでしょう。なぜなら、もうあなたは神さまの御前に行って、自分は福音を聴いたことはない、と言うことができないからです。」すべての者はひざをかがめ、イエス・キリストは主であると告白しなければなりません。その人にとって主が救い主であるか、さばき主であるかどちらであっても、ひとりひとり、すべての人がいつの日にか主の前にひざをかがめます。今日、香のかおりが立ち上っています。みことばは宣べ伝えられています。そして私たちは、ある人たちにとってはいのちに至らせるかおりであり、ほかの人たちにとっては死に至らせるかおりなのです。
(II コリント2:17)「 私たちは、多くの人のように、神のことばに混ぜ物をして売るようなことはせず、真心から、また神によって、神の御前でキリストにあって語るのです。」
それがクリスチャンのミニストリーの、全体の計画です。私たちは、神さまのみことばを改悪したり、ゆがめたり、商売にしたりするのではなく、神さまの御霊が私たちにみことばの真理を明らかにしてくださるように、まごころをもってみことばを宣べ伝えるのです。
※ 是非、引き続きブログテーマ「コリント人への手紙第二」をお読みください。
是非お近くの方は「聖書のみことば、罪のゆるし、死後のさばきからの救いのメッセージ、福音」を聞きにお越しください!
神の御子イエス・キリストは、罪深い人間の身代わりに、十字架で死なれ、死の力を打ち破ってご復活されたまことの神、救い主なる御方です。
※ 約12分の救いのためのメッセージ動画です。是非ご覧下さい。
救いの福音のメッセージ文書版です。是非お読みください。
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イグアスの滝(自分で撮った写真です。)悪魔の喉笛です。
~一番ポピュラーな、悪魔の喉笛の由来は、その下の岩に打ち付ける滝の音が、悪魔が唸り声を上げている様に聞こえるから...~





