ひとみは毎日Instagramを見るのが習慣になっていた。誰かの更新を待つでもなく、ただスクロールする指だけが動くだけの時間。

ある夜、いつものようにフィードを流していると、突然、馴染みのある横顔が画面に現れた。菊地英治。彼は笑っている。海をバックにウェットスーツを着て、酸素ボンベを背負っている。隣には、もう一人の男性。同じくダイビングギアを着け、肩を寄せ合ってカメラに向かってピースサインをしている。


「伊豆ダイビング最高!パートナーと久しぶりのダイブ #ダイビング #伊豆 #カップル旅」

ひとみは息を止めた。指が固まり、画面がぼやける。拡大して、顔を確かめる。
間違いない。眉の角度、鼻のライン、笑ったときのえくぼ。英治だ。
プロフィールを開くとそこに書かれてあったのは彼女の夫だった男とは違う情報。

菊地英治、高校で生物教師をしている阿佐ケ谷に住むゲイです。自然と生物と、愛する人と一緒にいられる時間が一番幸せ。
パートナーとこれからも、たくさんの自然を見に行きます

海や山でのキャンプ、トカゲを手に笑う姿。そして、パートナーとのツーショットがいくつも並んでいる。手をつないで歩く街路樹の下、砂浜で肩を寄せ合う姿、キッチンで料理をしている英治。すべてが、穏やかで、幸せそうで、ひとみの知る彼とは、まるで別人のように見えた。
彼女の記憶の中の英治は、優しく、静かで、いつも彼女の傍にいてくれた。
彼女のために紅茶を淹れ、夜遅くまで肩を寄せ合って映画を見ていた。でも、そこに写る英治は、別の誰かと、同じように肩を寄せ合っている。別の誰かと、笑っている。別の誰かと、人生を歩いている。
プロフィールに並ぶ言葉。
「ゲイです」
それが事実のように、堂々と書かれている。ひとみはスマホを握りしめたまま、動けなくなった。
胸の奥で、何かが音を立てて崩れる。彼は生きていた。彼は、幸せだった。ただ、そこに自分はいなかった。最初から、いなかった。画面を閉じると、部屋はまた静かになった。
止まった時計の針が、変わらずあの夜を指している。
英治の日常は、自然の光の中で続いている。
ひとみの日常は、暗い部屋の中で、ただスクロールする指だけが残る。彼女は知ってしまった。
でも、真実は彼女のものにはならない。英治の人生に、彼女という存在は、永遠に存在しないのだ。