中山ひとみは、菊地英治のことを中学の頃から好きだった。英治はクラスでいつも明るく、誰にでも優しく、特にひとみにだけ見せる少し照れた笑顔が、彼女の心を掴んで離さなかった。高校を卒業してから10年以上経った頃、二人は偶然出会い自然と付き合い始めた。
英治は大学で動物と人の共存について研究していた。ひとみは彼が話す生き物の話が好きだった。彼女の中で彼との結婚を考えるも、生来のコミュ障でうまく自分の気持ちを伝えることができなかった。
交際して半年後、二人でいつものように街を散策していると、地面が激しく揺れた。最初は軽い揺れだと思った。だがすぐに、轟音が響き、木々が激しく揺れ、薬屋のマスコットの象の人形が跳ね上がった。
「ひとみ、危ない!」
英治が叫び、ひとみを突き飛ばした。その瞬間そばのビルが崩れ落ち、土煙が上がって彼の姿が見えなくなった。
「英治さん!?」
揺れが収まった時、回りは瓦礫の山と化していた。ひとみはなんとか無事だった。転んだ拍子に足に軽い擦り傷を負っただけ。だが、周囲は惨状だった。叫び声、サイレンの音、崩れた建物の残骸。
「英治さんどこ!」
ひとみは立ち上がり、必死に探した。英治はさっきまで一緒にいたはずだ。なのに、姿が見えない。瓦礫の中から出ている人の手が目に入った。慌てて駆け寄り声をかける。
「英治さんだよね、起きて! お願い!あたしを一人にしないで!!」
ひとみは声を張り上げるも反応がない。
「いや……そんな……あたし、やっと付き合えたのに………なんでこんな…」
涙が溢れ、視界がぼやけた。ショックがひとみを襲った。胸が締め付けられ、息ができない。膝から力が抜け、彼女はその場に崩れ落ち、ひとみは気を失った。
目が覚めた時、ひとみは病院のベッドにいた。白い天井、消毒の匂い、点滴の音。体は痛んだが、命に別状はないらしい。看護師が優しく声をかけてくれた。
「意識が戻られてよかったわ。地震で多くの方が怪我をされていますが、あなたは大した怪我なくてよかったですね。」
ひとみはゆっくりと体を起こした。
「あたしと一緒にいた人がいるんですけど、 彼は無事ですか?」
「申し訳ありません……。救助活動が続いていますが……現場は混乱してまして」
ひとみは言葉を失った。テレビをつけると、被害の大きさが報じられていた。死者、行方不明者、数えきれない。英治は、今どこにいるのだろう。あの笑顔で、きっと待っているはずだ。彼が簡単に死ぬわけはない。ひとみは静かに祈った。どうか、無事でいて。あなたがいない世界なんて、考えられないから。