中山ひとみは勇気を出して菊地瑛士にプロポーズをしたけど見事に玉砕してしまった。

横浜の山下公園、ひとみは瑛士の前に立っていた。

「瑛士くん……あの、あたし、ずっと好きだった。付き合ってほしい……」

瑛士の整った顔立ちに、いつもの冷めた視線が宿る。沈黙が数秒続いた。

「……お前、なに言ってるの?」

彼の口から出たのは、呆れたような短い吐息だった。

「お前なんかと付き合えるわけないだろ。さようなら!」

感情の欠片もない冷たい声。瑛士はくるりと背を向け、歩き出す。夕陽に長い影が伸び、どんどん遠ざかっていく。ひとみはその場に立ち尽くした。涙が溢れて止まらなかった。喉が詰まって声も出ない。ただ、背中がどんどん小さくなっていくのを、ぼやけた視界で見つめていた。

そして、ひとみの口から嗚咽が漏れた。膝が崩れ、地面に座り込み、大声で泣いた。回りにはカモメしかいなかった。

それから3週間経って。諦めきれない気持ちが、胸の奥で燻り続けていた。LINEはブロックされ、連絡すら繋がらない。彼が行きつけにしていたカフェにも彼の姿はなかった。
「もう一度……ちゃんと話せば……」
自分に言い聞かせるように呟きながら、ひとみは瑛士の住むアパートへ向かった。
彼の部屋の呼び鈴を鳴らしても反応はない。そこへ隣に住んでいる大学生が声をかけてきた。
「菊地さんなら3日前に引っ越したよ。行き先まではわからないけどね」
「3日前……?」
ひとみは呆然と繰り返した。足元がふらつく。隣人は気の毒そうに眉を寄せたが、それ以上は何も言わなかった。アパートの外に出ると、雨が降り始めていた。傘も差さずに、ひとみは歩道に立ち尽くした。水滴が頰を伝い、涙と混じり合う。家に帰ってからも、ソファの上にうずくまっていた。
「あたしみたいなものを好きになってくれる人なんて存在しないよお~」
声に出して呟いた瞬間、堰を切ったように泣きじゃくった。クッションがびしょ濡れになる。瑛士はどこへ行ったのだろう。もう二度と会えないのかもしれない。それでも、胸のどこかでまだ彼の影を追いかけている自分が、たまらなく惨めだった。