橋口純子は天野司と結婚した。式は森の中の教会で多くの友人たちが二人を祝福した。純子は淡いピンク色のドレスを身に纏い、司の手を取ったとき、初めて「これで本当に終わった」と思った。ひとみとの縁を、全部切った。一緒に撮ったプリクラは全て処分した。思ったよりもひとみとまつわる品が少ないことに気づかされた。

ひとみと友人だったことが純子の悪夢の根源だった。だから、結婚と同時に純子は自分の中のひとみを殺した。それで、ようやく眠れるようになった。

結婚して半年が過ぎた頃。純子はソファでぼんやりとSNSを眺っていた。タイムラインに誰かが投稿した写真が流れてきた。海沿いのカフェ。看板には『Cafe 優』と書かれている。カウンターに立つのは菊地英治だった。彼の隣には小柄な青年がいて、二人で笑っている。英治の表情は純子が初めて見たときと同じ穏やかな笑顔だった。
キャプションはこう書かれていた。
「ここに来ると、なんだか心が落ち着く。店主さんたち、すごく幸せそう」
純子は画面を見つめたまま、静かに呟いた。「……英治さんも被害者だったんだね」
司が声をかけた。
「ん? どうした?」
純子はスマホを司に見せた。
「見て。これ、英治さんだよ」
司は写真を見て、小さく頷いた。
「ああ……幸せそうだな」
「彼もひとみっていう悪魔に、全部奪われた人だったんだね」
「でも、もう大丈夫。あいつは新しい人生歩めてる」
司は純子の肩を抱いた。
「純子、お前も歩けてるよ」
二人は静かに見つめ合った。外は秋の風が吹いていた。純子はもう、ひとみの名前を口にしない。スマホの画面を閉じて司の胸に顔を埋めた。
「私たちも、幸せになろうね」
司は優しく頷いた。
「もちろん」
ひとみはもう純子の世界にはいない。英治も新たな場所で満足できる結末を迎えた。そして純子もまた、ようやく自分の人生だけを生き始めた。悪夢は終わったのだ。