天野司はスマホを握りしめたまま、ソファに座り込んでいた。
画面には「【衝撃】結婚式で新郎が逃亡!『伴侶はお前だけだ』残された悲劇の花嫁」というタイトルが踊っている。
再生回数は、もうすぐ300万回を超えそうだ。最初は「面白い」と軽い気持ちで撮って、顔が映らないようモザイクをかけてアップした。
コメント欄は祭り状態だった。
「これは伝説www」
「新婦かわいそすぎて泣いた」
「新郎、潔すぎて逆にカッコいい」
「これ、仕込みじゃないよね?」
「新婦の名前、誰か知らない?」
司は冷や汗をかいた。まさかここまで広がるとは思わなかった。隣に座っていた恋人の橋口純子が、ため息をついた。
「何やってるのよ。」
純子はコーヒーを淹れながら、眉をひそめている。
「だってさ、こんなの滅多に見られないじゃん……」
司は弱々しく言い訳した。
「滅多に見られないって、ひとみの人生だよ?天ちゃん、中学のときひとみのこと好きだったんだよね?それなのに、よくそんなことできるね」
純子に睨まれて、司は肩をすくめた。
「……ごめん。でももう消せないし」
実際、動画はすでに再投稿されまくっていて、削除しても意味がない。純子はスマホを手に取り、コメント欄をスクロールしながら顔をしかめた。
「『新婦可哀想』って書かれてるけど、みんな面白がってるだけじゃん。ひとみ、今どうしてるんだろう……連絡取ってみた?」
「いや、まだ……気まずくて」
純子はため息をついて、自分のスマホを取り出した。
『ひとみ、大丈夫?今すごく心配してる。
連絡待ってるから、いつでもいいから返事してね。純子』
メッセージを送り終えると、純子は司を見た。
「天ちゃん、これでひとみが自殺なんてことしたら一生後悔するんだからね」
司はうなだれた。
「さすがにそこまではしないだろ」
「ひとみならやりかねないよ」
「そうか……俺ってなんてことしたんだろ……」
純子のスマホに、新しいメッセージが届いた。ひとみからだった。
『純子、ありがとう。今、実家にいる。ちょっと疲れてるけど、生きてるよ。もう少し落ち着いたら連絡するね』
純子は画面を見つめたまま、静かに呟いた。「……ひとみ、ごめんね」
司は、再生回数がまた10万増えている画面を眺めながら、初めて、本当の意味で後悔した。外では、ネットの祭りがまだ続いていた。誰もが突如沸いてでたネタに面白がるだけの祭り。彼らは当人たちの事情なんて知らない。ただ盛り上がり、そして、忘れてしまう。
それから一週間後、司はスタジオの外でスマホを眺める。動画の再生数が跳ね上がる度に過激なコメントも目立つようになってきた。
「投稿者は性格悪いな。こんなのあげるのどうかしてる」
「新婦に土下座しろ」
最初は「祭りだな」と笑っていた自分が、今は信じられないほど気持ち悪く思える。
(俺……何やってんだ)
あのとき、チャペルでスマホを構えた瞬間、司はただ「すげえネタだ」と思っただけだった。英治が男と駆け落ちなんて、誰も予想できなかった。だから反射的に録画ボタンを押した。面白がる気持ちが、確かにあった。でも、まさかここまで拡散するとは。純子に言われた言葉が、まだ耳に残っている。
「ひとみ、今どんな気持ちかわかる?あんたが上げた動画のせいで、ひとみの姿が日本中に晒されてるんだよ」
10年近く付き合って、純子があんなに怒って泣くの、初めて見た。動画はもう消せない。再投稿されまくって、元の投稿なんて関係なくなっている。謝罪動画を上げたら、逆に炎上するだけだ。「炎上商法かよ」とか言われる。それに、謝る資格なんて自分にあるのか?
ひとみが通う高校で軽音部に所属していたひとみがベース弾いてるところを「かっこいいな」って思ってた。高校を卒業した後も、たまに会って、「天野くん元気?」って笑顔で話しかけてきたのはいつもひとみだった。そんなひとみの人生を、自分が台無しにした。