ぼくの名前は西尾結斗。
えいじくんの、大学時代からの、ただの「親友」として、ひとみさんの前ではそう振る舞っていた。本当は違う。
ぼくはずっと、えいじくんの恋人だった。
えいじくんがひとみさんと結婚した日も、ぼくはずっと、彼の恋人だった。彼はひとみさんに嘘をつき続けた。
えいじくんは、自分のことが嫌いだった。
「私は異常者だ」って何度も言ってた。
「普通の男だったら、ひとみを愛せたのに」って。ぼくはいつも、こう言った。
「えいじくんは異常じゃない。好きになる相手が男なだけだよ。」
ある日のこと、えいじくんが突然言った。
「結斗、一緒に死のう」
ぼくは笑った。冗談だと思った。
でもえいじくんは、本気だった。
「ひとみをこれ以上苦しめたくない」
「私はもう、生きてる価値がない」
「結斗と一緒に逝ければ、それでいいんだ」
ぼくは、最初は反対した。「ひとみさんと別れて一緒に生きよう」って、何度も言った。
でも彼は、もう決めてた。ぼくもまたこんな世界から逃げたかったから、結局一緒に行くことを決めた。
手を繋いで。最後に英治くんが言った言葉は、「結斗、ありがとう。」だった。ぼくは泣いた。えいじくんは笑ってた。あの、昔みたいに、本当に穏やかな笑顔で
ひとみさん。
あなたは、えいじくんを幸せにしようと、一生懸命だった。
ぼくには、それが痛いほどわかった。えいじくんは、あなたの優しさに救われていた。
でも、同時に、壊れてもいた。ぼくたちは、あなたを傷つけた。取り返しのつかないことをした。だから、どうか、どうか生きてください。えいじくんは、最後にこう言った。
「ひとみには、幸せになってほしい。私のせいで、苦しみ続けてほしくない」
ぼくも、同じことを願ってる。ごめんなさい。
そして、ありがとう。あなたがえいじくんにくれた時間は、嘘だらけだったかもしれないけど、
それでも、えいじくんにとって、確かに「愛されていた時間」だった。
ひとみから、ふたりへ
英治くん、結斗さん。もう手紙なんて届かないってわかってる。
それでも、書かずにはいられなかった。最初に知ったとき、あたしはあなたたちを憎んだ。
「裏切られた」って、胸が張り裂けそうだった。夜中に叫んで、枕を抱き締めて、「なんであたしじゃダメだったの?」って何度も何度も聞いた。でも、憎むのが疲れてきた。
憎んでも、ふたりは戻ってこない。
憎んでも、あたしの心は軽くならない。
それで、ようやくあなたの気持ちを、ほんの少しだけ想像できるようになった。英治くん。あなたはいつも、あたしの前で無理して笑ってたんだね。
あたしが抱きついても、ぎこちなく背中を撫でてくれるだけで、本当に抱きしめてくれたことは一度もなかった。
「英治くんは優しいから、ゆっくりでいい」って、自分に言い聞かせてた。
本当は、怖かったんだ。「あたしの愛が足りないから?」って疑うのが。
結斗さん。
あなたが来るたび、英治くんの顔がぱっと明るくなるのを見ていた。あたしはそれを見て羨ましいと思った。でも、認めたくなかった。
ふたりが一緒に逝ったって聞いたとき、
あたしは「あたしより結斗さんを選んだ」って思った。
でも違うよね。英治くんは、誰かを選んだんじゃない。ただ、もう逃げ場がなくなって、「これ以上誰かを傷つけたくない」って思っただけなんだよね。
英治くん。
あなたがあたしにくれた優しさは、嘘じゃなかった。「ひとみ、ありがとう」って言ってくれたときの声は、今でも耳に残ってる。
あれは本当だった。
あたしを愛してはいなかったかもしれないけど、「大切にしたい」って思ってくれてたのは、本当だった。
あたしは、英治さんを幸せにできなかった。
あなたたちを責める資格なんて、あたしにはない。
もう泣かなくなった。
朝、目が覚めても、隣にあなたがいないことに驚かなくなった。
英治くんの淹れてくれる紅茶の香りも、もうほとんど思い出せない。それが少し寂しくて、でも少し安心もする。あたしは生きていく。
ふたりが望んだ通り、ちゃんと生きていく。
英治くん。
あなたがくれた痛みも、優しさも、全部抱えて。
結斗さん。
あなたが英治くんを愛した分まで、あたしも誰かを愛せるようになりたい。
ありがとう。
ごめんね。
さよなら。
いつか、あたしが死ぬとき、あなたたちに会いに行ってもいいかな。そのときは、もう怒ってないから。少しだけ、笑顔で会いたい。