菊地英治は、高校一年の冬に、中山ひとみから初めて告白された。

「き、菊地くんが好きです」

ひとみは真っ赤な顔で言った。

英治は困ったように笑って、こう答えた。
「ごめん、俺、好きな人いるんだ。だからお前とは付き合えない」
その好きな人とは中川冴子だった。
その後英治は冴子と交際し、仲間公認のカップルになったが、ひとみはその後も諦めなかった。
毎朝、菊地家の郵便受けに手紙。
帰り道は駅前で必ず待ち伏せ。英治は最初は優しく断っていた。
でも、だんだん面倒になり、はっきりと言った。
「お前、ほんと気持ち悪いからやめろ」
ひとみは泣きながらその場を離れた。それでも、ひとみは止まらなかった。
そして修学旅行の日、英治は冴子にプロポーズした。冴子も笑顔でそれを受け取った。英治はその事を今でもはっきり覚えている。世界が光ったような気がした。

ある夜、ひとみは英治の家の前で三時間待ち伏せしていた。
英治が帰ると、突然抱きついてきた「冴子なんかに渡さない!」が英治は全力で振り払り、ひとみを突き飛ばしてしまった。ひとみが転んで頭を打ち額から血が流れ出た。英治はなぜか恐怖を感じた。
「あまり、しつこいと警察呼ぶよ」
でも、ひとみが泣きながら土下座して「もうしない」と繰り返すので、結局やめた。それが間違いだった。

高校の文化祭の日。
英治と冴子が二人で回っていると、ひとみが突然現れて冴子の腕を掴んだ。
「菊地くんはあたしのものなのに!」
英治は冴子の前に立ちはだかり、初めて本気で怒鳴った。
「触るな! お前はストーカーだ!冴子に何かしたら殺すからな!」
その場にいた人全員が凍りついた。ひとみは顔を真っ青にして立ち尽くし、そのまま気を失って倒れた。
それ以来、ひとみは家に引きこもるようになり、英治はほっとした。
冴子は言った。
「ごめんね、私のせいで……」
英治は冴子の手を強く握った。
「違う。お前のせいじゃない。あいつが狂ってるだけだ」

卒業後も、ひとみは時々現れた。
大学時代も、社会人になってからも。手紙、メール、ときには深夜の電話。
「菊地くん、会いたいよぉ~」
「冴子なんかよりあたしが一番愛してる~」
「あなたに愛されないとあたし死んじゃうよぉ~」
英治はそれらを全部無視した。
それでも、ひとみは諦める素振りを見せなかった。
英治は冴子と結婚の話をしていた。
将来住む家についての真剣な相談に冴子が嬉しそうに会話を弾ませる。それだけで二人は幸せだった。
それから3日後、偶然ひとみに遭遇した。ひとみは、おもちゃの指輪を持っていた。
「これ、菊地くんにあげる」
英治は受け取らなかった。指輪を地面に叩きつけて踏み潰した。
「もう来るな。次見かけたら本当に警察に突き出すからな」
ひとみは泣き崩れ、英治は振り返らずに歩き去った。
一週間後、英治は冴子と籍を入れた。

菊地家の新居の玄関先で、ひとみは崩れ落ちている。英治は冷たく見下ろして、最後に言った。
「お前が作った妄想は、もう終わりだ。 俺は一度だって、お前を愛したことなんてない!だから、俺たちの前に二度と現れるな。」
英治はドアを閉めた。ひとみは、誰からも愛されなかった過去を抱えたまま、沈んでいった。