中山ひとみが提出した志望校候補の紙を見て担任の北原は彼女に念を押した。
「おたくさんが志望しているこの学校には吹奏楽部がないけどいいんでやすか?」
吹奏楽は人生の全てだと言っていたひとみは吹奏楽の強豪校である聖フランチェスコ学園に行くものだと思っていたから、意外な気がしたのだ。
「いいんです。あたしが考えて考えた結果なんです。」
「そうか。おたくさんがそこまで言うのならあたしくはとめませんが……」
どこか煮え切らない態度の北原だったが、了承は受けた。ひとみは一礼して指導室を出て行った。
ひとみが志望校を決めた理由はいたって単純だ。ずっと好きだった菊地英治と同じ高校に通いたかったからという理由だけだ。
中学ではなかなか一線を越えなかったけど、高校ではもっと彼と親密になりたい。ただそれだけで志望校を決めたのだ。くだらないとか言われるかも知れないけど、ひとみの英治に対する想いはそこまで強くなっていたのだ。
それから3日後、ひとみは突然、英治に呼び出された。彼からひとみに話しかけてくることはめったにない。ひとみは緊張した面持ちで図書室に入るとすでに英治は来ており、自然科学専門の雑誌を読んでいた。
「き、菊地くん、話って何?」
英治は雑誌を閉じて、真っ直ぐひとみを見つめた。その表情にはいつもの穏やかな雰囲気が感じられなかった。
「お前、どういうつもり?」
「どういうって?」
「志望校、おれと同じとこって何考えてんだよ。」
「えっ!?」
ひとみは言葉が出てこない。
「おれさ、お前のことが嫌いなんだよ。中学卒業したらお前と離れられるから安心したのに、ふざけんなよ!」
彼の強い口調にひとみはビクッとした。
「……だってあたし、菊地くんのことが……」
「マジで迷惑なんだよ。」
英治のひとみを見る目にはあからさまな敵意が感じられた。彼がそう思っていたとは思わなかったひとみは泣き出してしまった。
「ほら、そういうとこだよ。泣けばいいと思ってるとこ。そういうところが嫌い、受け付けないんだよ!」
英治はそう言い放って、図書室を出ていった。ひとみはただ泣き叫ぶことしかできなかった。
それから一週間後、ひとみは北原に志望校の変更を申し入れた。
「あたし、やっぱり吹奏楽好きだから、聖フランチェスコに行くことを決めました。そこでどこまでやれるのか試してみたいんです。」
北原は何も言わず、彼女の変更を受け入れた。その表情はどこか安堵したような感じだった。
ひとみが教員室を出ていく姿を見た英治も安心した雰囲気を見せていた。
「中山はサックスを吹かないとな」