橋口純子は、カフェで徹を待っていた。最近、相原徹との関係は順調で、純子の心は期待で膨らんでいた。しかし、現れた徹の顔は、いつもの優しい笑顔ではなかった。純子の向かいに座るなり、徹は深呼吸をして、切り出す。
「純子、おれと別れてほしい」
純子の心臓が凍りついた。何を言われたのか、一瞬理解できなかった。「えっ、なんで?」震える声で尋ねると、徹は苦しそうに顔を歪めた。
「純子のこと、好きすぎて辛いんだ。だから別れてほしい」
徹の瞳は真剣で、嘘をついているようには見えなかった。純子には、徹の言葉の意味がすぐに理解できなかった。好きだから別れる?そんな理不尽な理由があるだろうか。喉の奥が熱くなり、込み上げる感情を抑えるのに必死だった。
「……わかった」
純子の口から出たのは、それだけだった。他に、何を言えばいいのか分からなかった。徹は純子の返事を聞くと、さらに苦しそうな顔をして、テーブルの上のカップを見つめた。沈黙が二人を包み込み、カフェの喧騒だけが遠くで聞こえていた。純子の視界は滲み、目の前の徹の顔がぼやけて見えた。信じられない、信じたくない。心の中で何度も繰り返したが、徹の決意は固いように見えた。
純子はカフェを出て、ふらふらと街を歩いた。夏の強い日差しが照りつけるのに、純子の心は凍えるように冷たかった。好きすぎて辛い――その言葉が、純子の頭の中で何度も反響する。それは徹の優しさなのか、それともただの言い訳なのか。純子には、もう何も分からなかった。