「ナツキ君には是非ともこれを着てもらいたいんだ」
ナツキは、トモキが差し出すフリルのついたメイド服を前に、一瞬にして言葉を失った。視線は、夢か現か判別のつかないその物体に釘付けになる。「これは現実なのか?」頭の中をその疑問がぐるぐると渦巻き、どうにかして冷静さを取り戻そうと、ナツキは大きく深呼吸した。
「お、お前さ……本気で言ってるのか?」震える声で、ナツキはトモキの目を真っ直ぐに見据えた。トモキはメガネにポッチャリ体型でいわゆるオタクと区分される人物だ。彼はいつものにこやかな笑顔を崩さず、「もちろん本気だよ!ナツキ君なら絶対似合うって。ほら、ちょっと試着してみてよ」と、さらに一歩、ナツキとの距離を詰めてくる。
「試着って……いやいや、冗談だろ!?」
ナツキは後ずさりながら、手のひらを向けて必死に拒否の意思を示した。しかし、トモキの勢いは止まらない。
「大丈夫、誰も見てないよ。ここでさっと着替えて、ぼくに見せてくれればいいから!」
無邪気な口調で、畳みかけるようにトモキは言った。
ナツキの背中は、すでに冷たい壁にぶつかっていた。逃げ場のない状況に追い込まれ、冷や汗が止まらない。ドクドクと心臓が激しく鳴っているのが、自分でもはっきりと聞こえた。
その瞬間、頭に強い衝撃を感じ、ナツキは意識を失った。
次に気がついた時、ナツキは自分がメイド服を身につけていることに愕然とした。フリルがふんだんにあしらわれたエプロン、ふくらはぎを覆う長いスカート、そして頭には小さなカチューシャ。まるで夢でも見ているかのような非現実感に、ナツキはただ呆然と立ち尽くした。
目の前では、トモキがスマートフォンを構え、キラキラとした目でシャッターを切りまくっている。
「はい、こっち向いて!笑顔、笑顔!おお、ナツキ君、最高だよ!」興奮した声が飛び交い、そのたびにフラッシュが焚かれる。ナツキの顔は羞恥で真っ赤になり、今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られた。しかし、トモキの熱烈な視線と、どこか楽しげな悪友の笑みに、ナツキはただされるがままになっていた。
羞恥に身悶えながらも、トモキの撮影会に付き合わされていると、ガラリと部屋のドアが開く音がした。救世主か、とナツキが顔を上げると、そこに立っていたのは親友のタカシだった。
「助けに来たぞ、ナツキ! お前、トモキにまた変なこと――って……えっ、かわいい!?」
タカシは状況を把握しようと部屋を見回し、メイド服姿のナツキに目が留まると、言葉を失って固まった。その次の瞬間、彼の口から漏れたのは予想外の賞賛の言葉だった。ナツキはあんぐりと口を開け、トモキはニヤニヤしながらスマホをタカシに向けた。ナツキの羞恥はもう限界突破寸前だった。
