ヘクトルの瞳が鋭く光った瞬間、アキレウスの身体はまるで風のように動いた。地面に叩きつけられるはずだったヘクトルは、土煙を蹴立てながら体を捻り、驚異的な速さで体勢を立て直していた。アキレウスが一瞬の隙を見せたその刹那、ヘクトルの腕が蛇のように伸び、彼の胸板を力強く押し返した。次の瞬間、アキレウスは背中から地面に倒れ、息を詰まらせた。
「油断したな、アキレウス!」
ヘクトルの声は低く、勝利を確信した響きを帯びていた。彼は膝をアキレウスの腹に押し当て、剣の柄を握りしめ、刃をその首筋に近づけた。陽光が剣の表面を滑り、冷たく輝いた。
だが、アキレウスの唇に浮かんだのは、敗北の恐怖ではなく、かすかな笑みだった。
「勝ったと思う瞬間が、一番脆いんだぜ。」
その言葉と同時に、アキレウスの身体が爆発的な力で跳ね上がった。彼の足がヘクトルの脇腹を正確に捉え、強烈な蹴りが相手を横に弾き飛ばした。ヘクトルは呻き声を上げながら地面を転がり、剣を落とした。
アキレウスは瞬時に立ち上がり、落ちた剣を足で遠くに蹴り飛ばした。ヘクトルが這うようにして立ち上がろうとする中、アキレウスは悠然と歩み寄り、彼を見下ろした。
「トロイアの英雄とやら、もう終わりか? 俺はまだ遊び足りないぞ。」
その声は冷たく、しかしどこか楽しげだった。
ヘクトルは息を整え、額に流れる汗を拭った。彼の目には依然として燃えるような闘志が宿っていた。
「遊びだと? お前の傲慢が命取りになる日が来る。」
彼は腰に差していた短剣を引き抜き、素早く身構えた。距離を詰めるアキレウスに対し、ヘクトルは一気に飛び込み、短剣を弧を描くように振り下ろした。
金属が空気を切り裂く音が響いたが、アキレウスはすでにその軌道を読み切っていた。彼は身を低くし、ヘクトルの攻撃をかわすと同時に、その腕を掴んでねじり上げた。ヘクトルが苦痛に顔を歪める中、アキレウスは彼の耳元で囁いた。
「お前の力は認める。だが、俺には届かない。」
しかし、ヘクトルは諦めなかった。彼は力を振り絞り、アキレウスの拘束を振りほどくと、肘打ちをその顎に叩き込んだ。アキレウスが一瞬よろめくのを見逃さず、ヘクトルは距離を取り、戦場を見渡した。遠くでトロイアの兵士たちが叫び声を上げ、アキレウスの仲間たちがこちらを睨みつけていた。この戦いは、二人だけのものではなかった。
「まだだ、アキレウス!」
ヘクトルは叫び、地面に落ちていた槍を拾い上げた。彼の動きは疲れを知らず、まるで神々に導かれているかのようだった。アキレウスは舌打ちし、自身の槍を手に取った。二人の英雄は互いを見据え、戦場の中心で再び対峙した。
陽は傾き、戦場の空は血のように赤く染まっていた。風が二人の髪を揺らし、戦士たちの叫び声が遠くで響く中、ヘクトルとアキレウスは同時に突進した。槍と槍が激しくぶつかり合い、火花が散った。その一撃は、まるで天地を裂くような衝撃を放ち、戦場全体が息を呑んだ。