第1章 静かな旋律
中山ひとみは、教室の隅でいつも本に目を落としていた。極度の人見知りで、控えめでネガティブな性格。吹奏楽部でアルトサックスを吹く時間だけが、彼女にとって心の安らぎだった。「星屑のメロディ」を練習する時、ひとみは音に身を委ね、世界と自分を繋げられた。
ある日、部活後の居残り練習中、サッカー部のエース、菊地英治が音楽室の前を通りかかった。学校中の女子が憧れる明るい人気者だ。ひとみのサックスの音色に足を止め、ドアの隙間から覗き込んだ。
「お前のサックスの音、めっちゃ好きだな。」
突然の声に、ひとみは驚いて楽器を落としそうになった。振り返ると、英治がニカッと笑って立っている。顔を真っ赤にしたひとみは、「あ、ありがとう…」と呟くのがやっとだった。
それから、英治は何かとひとみに話しかけてきた。「よ、中山! またサックス聴かせてくれよ!」と廊下で声をかけたり、昼休みに「次の試合、応援に来いよ!」と窓から叫んだり。ひとみは英治のまっすぐな笑顔に戸惑いながら、胸が温かくなるのを感じていた。英治の妹、美咲とも何度か顔を合わせた。彼女は兄を慕う元気な少女だったが、ひとみにはどこかよそよそしく感じられた。
第2章 届いた想い
ひとみは自分に自信がなかった。「地味でつまらない女」と自分を卑下し、英治のような人気者がなぜ自分に構うのか不思議だった。でも、英治はひとみのネガティブな思考を吹き飛ばすように、いつも自然体で接してくれた。
文化祭で、ひとみは吹奏楽部の演奏でソロパートを任された。緊張で震えるひとみに、英治は体育館の裏で声をかけた。
「中山、絶対大丈夫。お前の音色、俺が保証するから。」
その言葉に背中を押され、ひとみは心からサックスを吹いた。観客席の最前列で、英治が仲間と大声で拍手しているのが見えた。後ろには美咲もいて、兄の隣で少し不機嫌そうな表情をしていた。演奏後、英治は楽屋に飛び込んできて、「やばい! めっちゃ良かった!」とひとみを抱きしめた。ひとみは恥ずかしさで固まったが、「この人に心を開いてもいいのかも」と思った。
文化祭の後、英治はひとみを校庭の桜の木の下に呼び出した。
「中山、おれ、お前と付き合いたい。」
突然の告白に、ひとみは言葉を失った。喜びと不安が混ざり、涙がこぼれた。
「あたしなんかで…いいの?」と尋ねると、英治は「中山の音色も、中山の全部も、おれには特別なんだ」と真剣な目で答えた。
第3章 突然の終止符
ふたりは付き合い始めた。英治はひとみを外の世界に連れ出し、彼女のネガティブな心を明るく照らした。サッカー部の試合では、ひとみがスタンドで小さな旗を振って応援し、英治がゴールを決めると「ひとみ、見たか!」と笑顔で叫んだ。ひとみはそんな英治との時間を大切にした。
しかし、幸せな時間は脆くも崩れた。冬の県大会の日、英治は試合後に帰宅する途中、トラックとの衝突事故に巻き込まれた。ひとみに「試合終わったら、すぐお前に会いに行くからな」と電話をした直後のことだった。
それを知ったひとみはただ呆然と立ち尽くす。英治の笑顔、サックスの音を褒めてくれた声、桜の木の下での告白――すべてが遠い夢のように消えた。
第4章 疫病神の叫び
英治の死から数日後、ひとみは学校に戻った。だが、そこには冷たい空気が待っていた。クラスメイトやサッカー部員たちがひとみを避けているような気がした。そんな中、ひとみは公園で美咲に呼び出された。
美咲は目に涙を浮かべ、ひとみを睨みつけた。その声は震え、怒りに満ちていた。
「あんたみたいなネガティブブスのせいで、お兄ちゃんは死んだの! お兄ちゃんがあんたと付き合わなきゃ、こんなことにならなかった! この疫病神!」
言葉の刃がひとみの心を切り裂いた。美咲は兄を失った悲しみと、兄を「奪った」ひとみへの嫉妬をぶつけ、泣きながら走り去った。ひとみは反論できず、ただその場に立ち尽くした。美咲の言葉が頭の中で反響し、夜も眠れなくなった。
「あたしが…疫病神? あたしが菊地くんを…?」 
サックスに触れることすらできなくなり、ひとみは吹奏楽部にも顔を出さなくなった。心は深い闇に沈んだ。
美咲の言葉は学校中に広がり、ひとみを遠巻きにする生徒が増えた。ひとみは孤立し、自分を責め続けた。英治との思い出さえ、美咲の憎しみに汚されたように感じた。街で美咲とすれ違うたび、彼女の冷たい視線がひとみを刺した。美咲の心には、ひとみへの憎しみが消えることなく根を張っていた。
エピローグ
ひとみは今も英治のことを思い出す。桜の木の下を通るたび、彼の声が聞こえる気がする。「中山、もっと笑えよ!」と。美咲とは二度と言葉を交わさなかった。街で偶然すれ違っても、彼女はひとみを無視して通り過ぎる。美咲の憎しみは、ひとみの心に重い影を落としている。
ひとみはサックスを手に取る勇気をまだ取り戻せていない。美咲の言葉が、英治が愛してくれた音色さえ遠ざける。それでも、ひとみはいつか再び吹ける日を夢見る。
「菊地くん、あなたが好きだったこの音色、いつかまた響かせたい。」
ひとみはそう呟き、静かに本を開く。彼女の物語は、まだ終わっていない。


サムネイル
 

どんな世界線であってもおれと中山がくっつくなんて、日本が沈没してもあり得ないもんな