相原進学塾の窓から差し込む夕陽が、ホワイトボードをオレンジ色に染めていた。教室には、いつものようにカッキーこと柿沼直樹、立石剛、そして菊地英治の三人が残っていた。机の上には開いたままの参考書と、食べかけのポテチの袋。いつも通りのゆるい空気が漂っている。
「単なる多数派の意見を『時代』って言葉で終わりにしちゃいけないと思うなぁ。Don't 思考停止!」
カッキーが唐突に放った言葉に、剛と英治が顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
「かっこいいね~」剛がからかうように言うと、
「略したらドンシコだな!」と英治がすかさず畳み掛けた。
カッキーは一瞬ムッとした顔をしたが、すぐにニッと笑って机をバンッと叩いた。
「菊地くん~! ボクの名言をそんなダサい略し方しないでよ~! ドンシコって何?、なんかエロい響きなんだけど~!」
「ハハッ、お前がエロいのは事実じゃん」
英治がポテチをつまみながら反撃。剛は腹を抱えて笑う。
「まぁでもさ、カッキーの言うこと、ちょっとわかるわ」
剛が笑いを収めながら、珍しく真面目なトーンで言った。
「『時代がこうだから』って言葉、なんか思考放棄っぽいよな。みんながそう言ってるからって、ホントにそれでいいのか? みたいな」
カッキーは目をキラッと光らせ、指をパチンと鳴らした。
「そう! それそれ! ほら、たとえばさテレビで偉い人がドヤ顔で言ってる『これが正しい』みたいなやつ。あれ、ホントに正しいか自分で考えることなく、ただ『うん、そうだよね』って流されちゃうじゃん。それ、ヤバくね?」
英治がポテチの袋をガサガサさせながら、首を振った。
「いや、でもさ、全部自分で考えてたら疲れるぜ? 世の中のルールとか、常識って、ある程度決まってたほうが楽じゃん。カッキー、めんどくさいこと好きだな」
「楽だからって、脳みそ停止してたら、いつかヤバいことになるって!」
カッキーは身を乗り出して、英治の鼻先に指を突きつけた。
「ほら、歴史とか見てみろよ。昔の人が『これが常識だ』って信じてたこと、今じゃ『え、なんでそんなこと信じてたの?』って笑いものじゃん。奴隷制度とか、女性の参政権とかさ」
剛が「おお、カッキー、熱いな!」と拍手しながら茶化すと、英治もニヤニヤしながら言った。
「で、柿沼先生、俺らはどうすりゃいいわけ? 毎日、全部疑って生きろってか? 」
カッキーは少し考えて、ふっと笑った。
「いや、全部疑えってわけじゃないよ。ただ、なんかモヤっとしたとき、違和感感じたとき、そこはスルーしないでちゃんと考える。で、必要なら声に出す。それだけでいいんじゃね? Don't 思考停止、ってのはさ、要は『自分を信じろ』ってことだろ」
教室に一瞬、静寂が落ちた。剛と英治はカッキーの言葉を噛み締めるように、しばらく黙っていた。夕陽がさらに赤く染まり、三人の影を長く伸ばしていた。
「…お前、たまにマジでいいこと言うよな」
剛がポツリと言い、英治も「まぁ、ドンシコだけどな」と笑いながら頷いた。
「だからドンシコ言うなって!」カッキーが立ち上がって英治にヘッドロックをかけるが、英治は素早くよける。カッキーは勢いあまって転倒した。その姿に二人は爆笑したのだった。